南極の氷が放つ“謎の電波パルス”──NASA新ミッションが10年越しの難題に挑む

南極大陸の氷の奥深くから発せられる、説明のつかない奇妙な電波信号。
この話題は、一見するとSF作品に登場しそうな内容ですが、実際にNASAと世界中の研究機関が頭を悩ませてきた、れっきとした科学上の難問です。

約10年前、気球に搭載された観測装置が検出した「通常の物理法則では説明できないパルス」。
科学者たちはその真相を追い続けてきましたが、確定的な説明はいまだ見つかっていません。

そして今月、NASAはこの謎を解きほぐすための後継ミッションを南極で打ち上げる準備を進めています。
今回の記事では、この“南極の奇妙な電波信号”とは何か、なぜ世界の科学者が困惑しているのか、そしてNASAの新ミッション「PUEO」が何を目指すのかについて、読みやすく丁寧に解説します。

ここから先は、いよいよ科学の最前線へ向かう旅のはじまりです。


南極の空に浮かぶ気球が捉えた、説明不能の電波パルス

2006年から2016年にかけて実施された南極インパルシブ・トランジェント・アンテナ実験(ANITA)は、高度約25マイル(約40km)を飛行する巨大気球に特殊なアンテナを搭載し、宇宙から飛来する超高エネルギー粒子を観測するプロジェクトです。

ANITAが観測する主な対象は「ニュートリノ」。
電気を帯びず、ほとんど物質と反応しない極めて“すり抜けやすい”素粒子です。通常の物質をほぼ無視して通り抜ける性質から、宇宙の深い情報を運ぶ“メッセンジャー”とも呼ばれています。

しかし2016年と2018年、ANITAはその常識を覆すような異常信号を2度検出しました。
信号は氷の下から放たれ、地表から約30度下の角度から上向きに飛び出しているように見えたのです。

これは、粒子が地球の内部を数千マイルも通過した後、南極の氷床を突き抜けて上空に向けて放射されたということを意味します。

ところが、ANITAが観測するほどの高エネルギーレベルでは、粒子は地球の岩石にぶつかった時点で吸収されてしまうはずです。
つまり「地球を貫通して出てくる」こと自体が、現在の物理法則ではほぼ不可能なのです。

まさに「理解不能な軌道」。研究者が困惑するのも無理はありません。

南極でANITAに携わっていたペンシルベニア州立大学の物理学者ステファニー・ウィッセルは、次のように述べています。

「これは非常に興味深い問題です。というのも、私たちはまだこれらの異常が何なのか説明できていないのです。わかっているのは、少なくとも通常のニュートリノである可能性が極めて低い、ということだけです。」


「物理法則を無視している」──実験誤差ではなく、現象自体が異常

南極点の氷の下には、ANITAとは別に巨大なニュートリノ検出器「アイスキューブ」が設置されています。
もしANITAの信号が強力な宇宙由来の現象であるならば、アイスキューブも同様の信号を検出しているはずです。

ところが、アイスキューブは対応するイベントを一切観測していません。

これにより「宇宙の超エネルギー現象が原因である」という可能性はほぼ排除されました。

研究チームは当然、機器の故障や測定誤差、キャリブレーション(較正)の問題などを徹底的に点検しました。
しかし、いずれも異常を説明する根拠には至りませんでした。

ハワイ大学のピーター・ゴーハム主任研究員は「すべての誤差要因を排除した後、残ったのは“真に異常な現象”という結論だった」と述べています。

さらに2025年3月、アルゼンチンのピエール・オージェ観測所がPhysical Review Letters誌に発表した研究では、2004〜2018年の観測期間中、ANITAのものと一致しうるイベントはわずか1件しか見つかりませんでした。

もしこの現象が一般的に起こるものであれば、もっと多く観測されるはずです。
そうでない以上、これはきわめて稀、かつ特異な現象である可能性が高まっていきます。

トーマス・ジェファーソン国立加速器施設の物理学者マイケル・ウッドは、こう問題を整理します。

「これは未知の物理過程によるものなのか。それともANITA固有の環境や装置が引き起こしているのか。疑問は残ったままです。」


ダークマターの影響? それとも氷の性質?──提案される多様な仮説

ANITAが捉えた信号の説明としては、極めて多岐にわたる仮説が出されています。

(1)暗黒物質(ダークマター)との相互作用
ダークマターとは、宇宙に存在する物質のおよそ80%以上を占めるとされながら、目に見えず、まだ正体がわかっていない“宇宙最大の謎”です。
もし南極の信号がダークマターの振る舞いを示すものなら、それは宇宙物理の歴史を変えるほどの大発見となります。

(2)未知の素粒子やニュートリノの未観測特性
ニュートリノには3つの種類がありますが、まだ知られていない振る舞いや新粒子の存在が原因という仮説もあります。

(3)氷そのものが生んだ反射や電波伝播の異常
バージニア工科大学のイアン・シューメーカーらは、より現実的な説明として「氷の層構造が電波を予期せぬ形で反射・屈折した可能性」を指摘しています。

ウィッセルも、「最も妥当な説明は、おそらく通常の物理現象の中にある」と慎重に述べています。

壮大な仮説から日常的な現象まで、幅広い可能性が並ぶのは、この謎がそれほど厄介である証拠です。


NASAの新ミッション「PUEO」がついに始動へ

NASAは12月5日、ANITAの後継となる新たな観測プロジェクト
超高エネルギー観測用ペイロード(PUEO)
の打ち上げ準備に入ったことを発表しました。

PUEOはANITAの10倍の感度を持ち、干渉計測法という手法で雑音を効果的に除去し、より純度の高い信号だけを抽出できるよう設計されています。

このミッションの特徴は次の通りです。

・NASA天体物理学パイオニアプログラム初の気球飛行
・南極大陸上空を約30日間飛行
・氷床全体を“巨大な自然の検出器”として活用
・超高エネルギーニュートリノの起源に迫る精密観測が可能へ

ウィッセルは「PUEOの感度向上により、今回の異常現象についてこれまでより深い理解が得られるはず」と期待を寄せています。

PUEOがこれから収集するデータは、南極の謎を解く鍵となるでしょう。


おわりに ──10年越しの問いに、ついに答えは出るのか

科学は時に、常識を揺るがす現象と出会います。
南極で観測された不可解な電波信号は、まさにその一例です。

未知の物理過程なのか。
ただの氷のいたずらなのか。
あるいは宇宙の深淵から届いた“手がかり”なのか。

PUEOミッションは、この問いに大きく踏み込むための重要な一歩です。

答えはまだ見えていませんが、科学者たちは一歩ずつ、確かな検証と観測を積み重ねています。
これこそが科学の醍醐味であり、今後の発表に期待が高まります。


ソース(公式・信頼情報)

・CNN(公式ウェブサイト)
・NASA(公式発表)
・Physical Review Letters(査読付き学術誌)
・南極ANITAプロジェクト関連の研究者声明
・ピエール・オージェ観測所の研究発表

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