長野県の地獄谷野猿公苑で見られる、雪の中で温泉に浸かるニホンザルの姿は、世界的にもよく知られています。
しかし、この行動は単に体を温めているだけではない可能性があることが、京都大学の最新研究で示されました。
2026年1月19日に学術誌 Primates に掲載された研究によると、温泉入浴はニホンザルの体表に寄生するシラミや、腸内に存在する細菌の構成に影響を与えていることが明らかになりました。
一方で、温泉という「共有の水場」が感染症を広げるのではないかという懸念については、意外な結果が示されています。
ニホンザルの「ホロビオント」に注目した研究
この研究を主導したのは、京都大学のアブドゥラ・ラングゲン氏らの研究チームです。
研究は、1964年から野生のニホンザルが温泉に入る行動が確認されている地獄谷野猿公苑で行われました。
研究者たちは、2回の冬にわたり、成体メスのニホンザルの群れを対象に詳細な追跡調査を実施しました。
調査では次の3つを組み合わせています。
・温泉に入る頻度などの行動観察
・体表に寄生するシラミの分布調査
・糞便を用いた腸内マイクロバイオーム解析
ここで重要な概念が「ホロビオント」です。
ホロビオントとは、動物そのものだけでなく、体内外に共存する細菌や寄生虫を含めた一つの統合された生物システムを指します。
温泉入浴が寄生虫と腸内細菌に与えた影響
研究の結果、定期的に温泉に入るニホンザルでは、シラミの分布や活動が変化していることが確認されました。
温泉に浸かることで、シラミが産卵しにくくなったり、体表での活動が妨げられている可能性が示唆されています。
一方、腸内細菌については、全体の多様性自体は入浴する個体としない個体で大きな違いはありませんでした。
しかし、入浴しない個体では、特定の細菌属がより多く存在していたことが分かりました。
注目すべき点として、温泉に入っても腸内寄生虫の感染率は上昇しなかったことが挙げられます。
これは、「複数の個体が同じ水を使うと病気が広がるのではないか」という従来のイメージとは異なる結果です。
共有水源は必ずしも病気を広げない
これまでの研究では、温泉入浴がニホンザルのストレスホルモンを低下させ、寒冷期のエネルギー消費を抑えることが示されてきました。
今回の研究はそれに加え、行動が寄生虫や腸内細菌との関係にも影響することを示した点で重要です。
特に、野生の霊長類において、自然な行動と体表寄生虫、腸内細菌の両方を同時に調べた研究は非常に珍しいとされています。
この結果は、
・共有水源=感染リスクが高い
という単純な図式が、自然環境では必ずしも当てはまらない可能性を示しています。
行動は「環境への反応」だけではない
研究チームは、この結果を次のように位置づけています。
行動は単なる環境への受け身の反応ではなく、動物自身の健康状態を積極的に形作る要因になりうる。
ラングゲン氏は、
「行動は環境への応答として扱われがちですが、私たちの研究は、行動そのものが健康を左右する重要な推進力であることを示しています」
と述べています。
この視点は、野生動物の進化や社会性動物における微生物叢の変化を理解する上で重要であり、
人間の入浴習慣や文化が健康や微生物環境に与える影響を考える上でも示唆的です。
研究が示す広い意義
今回の研究は、
・行動
・寄生虫
・腸内細菌
・健康
がどのように結びついているのかを、野生動物という自然な条件下で示した点に価値があります。
温泉に入るという一見単純な行動が、ニホンザルの体内外の生態系に静かに影響を与えている。
その事実は、生き物の行動と健康の関係を、より立体的に捉える必要性を私たちに示しています。
ソース
・Primates(2026年1月19日掲載論文)
・phys.org
・京都大学公式発表
・地獄谷野猿公苑公式資料

