25年間誰もできなかったことが日本で実現
量子物理学の研究者たちが長年挑戦し続けてきた「量子W状態」の測定に、日本の研究チームが初めて成功しました。
京都大学と広島大学の研究者によるこの成果は、2025年9月13日付の学術誌 Science Advances に掲載されました。研究を率いたのは、京都大学大学院工学研究科の竹内繁樹教授です。
量子もつれとは? ― アインシュタインも驚いた現象
量子もつれ(エンタングルメント)とは、2つ以上の粒子が「見えない糸」でつながっているように振る舞う現象です。
例えば、AとBという2つの粒子が量子もつれを起こしているとき、Aを測定すると、離れた場所にあるBも瞬時に影響を受けます。アインシュタインはこれを**「不気味な遠隔作用」**と呼びました。
この不思議な性質を利用して、
- 絶対に盗聴されない通信
- 超高速の量子コンピュータ
- 粒子を移動させずに情報だけを転送する量子テレポーテーション
といった夢のような技術が開発されています。
GHZ状態とW状態の違い ― 「壊れやすいか」「しぶといか」
量子もつれにはいくつか種類があります。その代表がGHZ状態とW状態です。
- GHZ状態:粒子が強く結びついているが、1つでも粒子を失うとすべてもつれが壊れる。
- W状態:1つの粒子を失っても、残りの粒子がもつれを維持できる。
つまり、W状態は「壊れにくい量子もつれ」であり、通信や計算の現場でエラーや損失があっても強さを保てるため、とても魅力的なのです。
ところが、このW状態を実験で正しく測定することは、25年以上も誰にもできませんでした。
新しい測定方法 ― 光の性質を利用
今回の突破口となったのは、W状態が持つ**「循環シフト対称性」**と呼ばれる性質です。これは、W状態の中で光子(光の粒)の位置を入れ替えても、全体の状態が変わらないという特徴です。
研究チームは、この性質を利用して**量子フーリエ変換(QFT)**を行える光回路を設計しました。QFTは、量子コンピュータでも基盤となる非常に重要な演算です。
実験では、3つの光子を使ったW状態を入力し、その「非古典的な相関」(普通の物理では説明できない結びつき)を見事に識別することに成功しました。
なぜすごいのか?
従来の方法(量子トモグラフィー)では、粒子が増えるほど測定に必要な回数が爆発的に増え、実験はほぼ不可能でした。
今回の新手法では、1回の測定(ワンショット)でW状態を識別できるため、時間も労力も大幅に削減できます。これは量子実験にとって「顕微鏡で一目で見分けられるようになった」くらい大きな進歩です。
応用への道 ― 量子技術を加速させる
この発見は、すぐに以下の分野で影響を持ちます。
- 量子テレポーテーション:より効率的で確実な情報転送が可能に
- 量子通信:損失に強い通信プロトコルの実現
- 量子コンピュータ:W状態を利用した計算手法の発展
竹内教授は「これは理論を証明するだけでなく、量子技術を実際にスケールアップする道を示した」と語っています。
世界的な量子研究競争の中で
この成果は、日本の研究力を世界に示すものでもあります。近年、海外では
- 米ノースウェスタン大学がインターネット回線上での量子テレポーテーションに成功
- フォールトトレラント(誤りに強い)量子計算の進展
などが報告されており、各国が「量子覇権」を競っています。
今回の成果は、日本がその最前線に立ち続けることを強く印象づけました。
まとめ ― 量子の未来を切り拓く第一歩
「W状態の測定成功」は、単に25年越しの難問を解いたというだけではありません。
- 量子の基礎研究に新しい道を開いた
- 量子技術の実用化を早める突破口となった
- 日本が国際競争でリードできることを示した
という3つの大きな意味を持ちます。
量子世界の謎が一つ解き明かされたことで、私たちが「量子インターネット」や「実用量子コンピュータ」を使う未来が、また一歩近づいたのです。