南アフリカのダイヤモンドが語る「地球深部の不可能な化学反応」

はじめに

南アフリカの鉱山で発見された2つのダイヤモンドが、地球科学の常識を覆す驚くべき証拠を提供しました。これらのダイヤモンドの内部から見つかった微小な鉱物粒子(インクルージョン:包有物)は、本来なら同じ空間に存在できないはずの物質同士が並んで存在していたのです。科学者たちはこれを「ほとんど不可能」とまで表現しました。

この発見は2025年9月、権威ある科学誌 Nature Geoscience に掲載され、地球の深部、特にマントルの化学反応を理解するうえで大きな前進とされています。


ダイヤモンドが持ち帰った「深部のタイムカプセル」

今回の研究を主導したのは、エルサレム・ヘブライ大学の研究チームです。発見の舞台となったのは南アフリカのVoorspoed(フォースプード)鉱山。ここで採掘されたダイヤモンドの中から、炭酸塩鉱物(酸素を多く含む鉱物)と、還元されたニッケル合金(金属的な鉱物)が共存しているのが確認されました。

通常、この二つが接触すれば即座に化学反応を起こし、共存することはあり得ません。ところが、ダイヤモンドの内部ではその瞬間が「凍結」され、タイムカプセルのように保存されていたのです。

研究チームのヤアコブ・ワイス氏は、「サンプルを最初に見たときは理解できず、一年間も放置してしまった」と語っています。しかし再解析により、これはダイヤモンドが形成されるほんの一瞬を閉じ込めた貴重な証拠であることが判明しました。


マントル深部の「ほとんど不可能」な反応

今回の包有物が形成されたとされるのは、地球表面からおよそ280〜470キロメートル下のマントル深部です。この領域は人類にとって直接サンプルを入手することが極めて困難で、これまでは理論やモデルに頼るしかありませんでした。

しかし今回、自然界からの「生の証拠」が得られました。ニッケルに富む金属合金が深部マントルに存在することは長年理論的に予測されていましたが、実際に確認されたのはこれが初めてです。

ブリティッシュコロンビア大学のマヤ・コピロワ教授は、「200キロメートルまではデータがあるが、それより深い場所では何が起きているのか不明だった。今回の発見は、その空白を埋めるものだ」と解説しています。


ダイヤモンド形成の新しいシナリオ

この発見は、ダイヤモンドがどのようにして生まれるのかという長年の謎にも新たな光を当てました。

地球内部では、沈み込むテクトニックプレートが炭酸塩鉱物を深部に運び込みます。その鉱物がマントルに存在する金属合金と出会い、酸化還元反応が起こることでダイヤモンドが形成されるのです。

つまり、ダイヤモンドはただの「高圧下での炭素の結晶」ではなく、マントルで起きる酸化と還元のバランス(レドックス状態)が鍵となっていることが初めて確認されたのです。


謎だった「ニッケルを含むダイヤモンド」の理由

今回の研究はもう一つの謎にも答えを与えています。まれにダイヤモンドの結晶構造の中にニッケル原子が含まれることがあります。しかし、ニッケルは炭素よりもずっと重く、理論的には結晶に取り込まれにくいはずでした。

ところが、今回の包有物の発見は、ニッケルがダイヤモンド生成時の特殊な化学反応に関与している可能性を示しており、この不可解な現象を説明する手がかりとなりました。


地球科学への広範な影響

さらに重要なのは、この発見がマントル深部の酸化状態に関する従来の考え方を覆す可能性があることです。

これまで、ダイヤモンドを地表へ運ぶマグマ「キンバーライト」は酸化しているため、300キロメートルより深い場所からは発生しないと考えられてきました。ところが、今回の証拠は、もっと深い場所からもこうした岩石が形成され得ることを示唆しています。

これは地球内部の揮発性物質(ガスや水分を含む成分)の動き、大陸の形成過程、さらには地球の進化の歴史そのものを再解釈する必要があるかもしれない大きな発見なのです。


おわりに

今回の南アフリカ産ダイヤモンドの研究は、地球のマントル深部という人類が直接到達できない領域の「実際の化学反応」を示す初の証拠です。ダイヤモンドが単なる宝石を超え、地球の歴史とダイナミクスを語る「タイムカプセル」であることが改めて示されました。

これからさらに研究が進めば、ダイヤモンドを通じて地球内部の謎が次々と解き明かされるかもしれません。地球深部の化学反応はまだまだ私たちに多くの驚きを与えてくれるでしょう。

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