自民党の日本成長戦略本部は4月15日、首相官邸で高市早苗首相と面会しました。
そして、労働基準監督署による残業削減指導の運用見直しを求める提言書を手渡しました。
今回の提言は、人手不足が深刻化する中で、労働力をどう確保するかを問う動きです。
この提言が重視するのは、法律そのものの大幅な変更ではありません。
適法な範囲での時間外労働を、より柔軟に認める運用へと修正できるかが焦点です。
そのため、今後の議論は「規制をなくすか」ではなく、「どう運用するか」に集まりそうです。
さらに、この論点は企業の人手不足対策だけでは終わりません。
一方で、働く人の健康確保や過労防止とも深く関わります。
つまり、経済成長と健康保護の両立をどこまで図れるかが問われています。
岸田氏側の提言は何を求めたのか
日本成長戦略本部がまとめた提言の柱は、労基署による一律的な残業削減指導の見直しです。
現在、労基署は長時間労働の是正を目的に、多くの企業に対して時間外労働を「月45時間以内」に抑えるよう強く指導してきたとされます。
こうした運用が、現場では硬直的だという問題意識が示されました。
もっとも、現行の労働基準法は原則として1日8時間、週40時間を定めています。
しかし、労使が36協定を結べば、月45時間までの時間外労働を認めています。
さらに、特別条項つき36協定があれば、一定の上限規制のもとで月45時間を超える残業も可能です。
こうした中、提言は法制度に基づく適法な残業まで一律に抑え込むような指導を見直すべきだと主張しています。
つまり、法令の上限規制そのものを緩めるのではありません。
主に運用や指導姿勢を変える方向を打ち出している点が特徴です。
現行制度の前提を押さえる
今回の議論を理解するには、まず現行制度の枠組みを確認する必要があります。
制度の前提を押さえないと、「残業規制を緩める議論」と単純に受け止めてしまいやすいからです。
実際には、法律が認める範囲と、現場の運用との間にズレがあるという問題提起です。
法定労働時間は、原則として1日8時間、週40時間です。
これを超える労働は、原則として認められていません。
また、この原則が残業規制の土台になっています。
一方で、現実の職場では繁忙期や突発対応があります。
そのため、法律は一定の条件のもとで時間外労働を認める仕組みを用意しています。
ここで重要になるのが、36協定と特別条項です。
36協定とは何か
36協定とは、使用者と労働者代表が結ぶ協定です。
正式には、時間外労働や休日労働に関する労使協定です。
そして、行政に届け出ることで、月45時間までの残業が認められます。
この「36」は、労働基準法36条に由来します。
つまり、36協定は残業を自由に増やすための制度ではありません。
法律上の例外を、手続きに基づいて認める仕組みです。
そのため、36協定がない状態で法定時間を超えて働かせれば違法になります。
しかし、適切に締結し、届け出ていれば、一定の時間外労働は法の枠内に入ります。
今回の提言は、この適法な枠の扱い方を見直すよう求めています。
特別条項つき36協定の位置づけ
さらに、繁忙期などの臨時的な事情がある場合には、特別条項つき36協定を締結できます。
この仕組みを使えば、月45時間を超える残業も可能になります。
ただし、無制限ではありません。
上限規制として、単月100時間未満が定められています。
また、複数月平均80時間以内、年間720時間以内などの基準もあります。
つまり、特別条項は非常時のための例外であり、常態化を前提とした制度ではありません。
実際に、この制度があることで企業は繁忙期に対応できます。
しかし、一方で健康への負担が大きくなる可能性があります。
そのため、制度があることと、広く使うべきことは同じではない点に注意が必要です。
「月45時間」が持つ意味
法的には、条件を満たせば一定範囲で長時間労働は許容されています。
それにもかかわらず、企業現場からは、労基署の指導が実質的に月45時間以内を強く求めているという声も聞かれてきました。
今回の提言は、この現場感覚を踏まえています。
つまり、法制度は一定の柔軟性を認めています。
しかし、運用の現場では、その柔軟性が十分に生かされていないという見方です。
この点が、提言の出発点になっています。
さらに言えば、「月45時間」は上限管理の基準である一方、現場では心理的な固定線にもなってきました。
そのため、制度上は可能でも、運用上は難しいという企業の受け止めが生まれてきたわけです。
今回の提言は、その運用上の硬さを修正したいという問題意識を示しています。
提言の第一の柱は一律指導の見直し
提言の第一のポイントは、労基署の一律指導を見直すことです。
時間外労働の削減を「月45時間以内」に機械的に求める運用を改めるよう求めています。
36協定や特別条項が適切に結ばれている場合には、その枠内で柔軟に対応すべきだという考え方です。
ここで目指すのは、長時間労働の是正という目的を否定することではありません。
しかし、法律上認められている範囲まで機械的に抑え込まないようにする。
そうしたバランス調整が狙いだと位置づけられます。
実際に、企業側は繁忙期の対応で柔軟性を求めています。
一方で、行政は過重労働の防止を重視しています。
この提言は、その間を埋める形で運用を変えようとするものです。
提言の第二の柱は締結支援の強化
第二のポイントは、36協定や特別条項の締結支援を強化することです。
違法な残業を防ぐだけでなく、適法な制度を正しく活用できるようにする狙いがあります。
そのため、労基署が企業に対して指導や助言を行う役割を強める考えが盛り込まれました。
とりわけ中小企業では、制度理解が十分ではないケースがあります。
また、形式だけの協定になっている場合もあります。
さらに、萎縮して必要な残業まで避けているという課題も指摘されています。
こうした中、提言は「取り締まり」だけに偏らない姿勢を求めています。
つまり、制度設計の相談相手として行政が機能することを期待しているのです。
中小企業にとっては、実務面の支えになる可能性があります。
提言の第三の柱は専門相談窓口
第三のポイントは、中小企業や小規模事業者向けの専門相談窓口の整備です。
労働時間制度や36協定の作り方、健康確保措置の設計などについて相談できる場を設ける構想です。
現場の実務を支えることが目的です。
専門相談窓口が整えば、制度を知らないまま違反に近づく事態を防ぎやすくなります。
また、企業が必要以上に萎縮することも抑えられる可能性があります。
そのため、実務支援の仕組みとして注目されます。
さらに、単に是正勧告を出すだけでは、現場の改善は進みにくい面があります。
一方で、制度をどう回すかを一緒に考える体制があれば、実行可能性は高まります。
提言は、取り締まりと支援のバランスを取り直そうとしているわけです。
高市首相の方針とどう結びつくのか
高市首相は、少子高齢化や人手不足が進む中で、労働力を確保し、経済成長につなげることを重要課題に掲げています。
今回の提言も、そうした方針の流れの中に位置づけられます。
もっと働きたい人が、健康を損なわない範囲で働ける環境づくりを後押しする狙いがあると解釈できます。
もっとも、今回の話は上限規制そのものの緩和ではありません。
単月100時間未満や年間720時間などの枠を変える議論ではないのです。
焦点は、その枠内での運用をどうするかにあります。
つまり、長時間労働是正の流れを全面的に逆転させる構図ではありません。
しかし、現場の実情を踏まえた微調整を試みる動きではあります。
そのため、政策の重心がどこまで移るのかが今後の見どころになります。
企業にとってのメリット
提言が実現した場合、企業側にはいくつかのメリットが想定されます。
第一に、繁忙期への対応力の向上です。
特別条項つき36協定を前提に、月45時間を超える残業が運用上も行いやすくなれば、急な受注増や季節要因への対応力が増す可能性があります。
第二に、制度活用の支援強化です。
労基署が協定締結や制度設計を支援する姿勢を明確にすれば、とくに中小企業にとって制度のハードルは下がります。
また、必要な手続きを理解しやすくなる効果も見込めます。
第三に、萎縮の緩和です。
「指導を受けること=違反」といったイメージが和らげば、企業は早い段階で相談しやすくなります。
そのため、自発的な改善や適法運用にもつながりやすくなります。
企業に残る懸念
一方で、提言には懸念もあります。
最も大きいのは、長時間労働の再拡大リスクです。
指導が緩んだと現場が受け止めれば、残業を増やしやすくなったという空気が広がる恐れがあります。
さらに、健康確保や過労死防止との緊張関係も残ります。
たとえ上限規制が維持されても、ギリギリまで残業を積み上げる運用になれば、健康リスクは高まります。
つまり、制度上の適法性だけで安全が担保されるわけではありません。
また、企業経営としても、残業時間を増やすことで人手不足を埋める発想には限界があります。
そのため、運用が変わったとしても、上限まで使い切ること自体を目的にしない姿勢が不可欠です。
生産性向上や健康確保施策と一体で考える必要があります。
働く側の感覚とのズレ
一部の調査では、労働者の多くが現在の残業時間の水準や上限規制を概ね妥当と見ている結果も報告されています。
例えば、ある意識調査では、「労働時間を増やしたい」と答えた人は少数にとどまりました。
また、月45時間程度の上限を支持する割合が高いというデータも示されました。
こうした結果は、過労死問題やメンタルヘルス悪化が社会問題化してきた流れを反映しているとも考えられます。
働く側から見れば、残業時間をさらに増やすより、賃上げや生産性向上で所得を確保してほしいという意識が根強い可能性があります。
そのため、「もっと働きたい人」だけを前提に制度を組み立てると、現場の多数派とズレるおそれがあります。
実際に、労働時間を増やせる余地がある人と、増やしたくない人では事情が異なります。
一方で、同じ職場でも家庭事情や健康状態は人それぞれです。
だからこそ、運用の見直しは一律ではなく、現場の実情と個人差の両方を見る必要があります。
調査を扱う際の注意点
今回の論点では、労働者意識に関する調査結果が今後の議論で参照される可能性があります。
しかし、調査は数字だけを切り取ると誤解を生みます。
そのため、記事で取り上げる際には慎重さが必要です。
具体的には、調査時期、調査対象、出典を明記することが重要です。
また、その結果を「世論全体の確定的な答え」として扱うのではなく、一例として紹介する姿勢が望まれます。
つまり、調査結果は参考材料であって、単独で政策判断を決めるものではありません。
こうした中、政策論では数字が独り歩きしやすい傾向があります。
しかし、働く人の実感や企業の現場事情も同時に見なければ、全体像はつかめません。
制度、現場、意識調査を並べて考える視点が欠かせません。
骨太の方針に向けた今後の焦点
自民党は、今回の提言内容を2026年夏に取りまとめる経済財政運営の基本方針、いわゆる「骨太の方針」に盛り込むことを目指しています。
そのため、今後は厚生労働省を含めた政策調整が焦点になります。
違法な長時間労働の是正と、労働力確保や柔軟な働き方の両立という難しい課題に向き合う局面です。
もし骨太の方針に盛り込まれれば、単なる党内提言では終わりません。
行政運用や実務対応に影響を及ぼす可能性が高まります。
さらに、企業や労働現場でも準備が必要になります。
一方で、制度の見直しは文言だけで決まりません。
実際にどのような通知や助言が出るのか。
また、現場の監督指導がどう変わるのかが重要になります。
企業実務で求められる対応
実務レベルで見れば、企業にはいくつかの対応が求められます。
まず、自社の36協定や特別条項の内容と、実際の運用実態の再点検です。
協定だけ整っていて運用が追いついていない場合は、見直しが必要になります。
また、健康確保措置の強化も欠かせません。
医師面接、勤務間インターバル、在宅勤務などは、長時間労働のリスクを下げる具体策です。
そのため、残業運用の柔軟化と同時に整備する必要があります。
さらに、労働者との丁寧なコミュニケーションも重要です。
協定締結のプロセスを透明化しないまま運用だけ緩めれば、不信感が強まります。
実際に、制度の納得感は現場の説明力で大きく変わります。
労働側に求められる役割
一方で、労働組合や従業員代表にも重要な役割があります。
それは、協定内容に実質的に関与することです。
形式的に署名するだけでは、健康と生活を守る視点が弱くなります。
また、労働側は単に反対するだけでなく、どの条件なら受け入れられるかを具体的に示す必要があります。
例えば、繁忙期の特例運用と、その代わりに必要な休息確保策を組み合わせる議論です。
つまり、現実的な対案づくりが重要になります。
こうした中、制度は使用者だけで回るものではありません。
労使が協定を通じて責任を分かち合う仕組みだからです。
そのため、労働側の関与の質が制度運用の成否を左右します。
残業指導見直しは何を問いかけているのか
今回の提言は、単なる規制緩和か規制強化かという二択ではありません。
むしろ、人手不足の時代に、働く時間、賃金、健康のバランスをどう取るかという問いを社会全体に投げかけています。
その意味で、残業指導見直しは、労働政策の根本に関わる論点です。
企業は人手不足への対応力を求めます。
しかし、働く人は健康や生活時間を守りたいと考えます。
一方で、政府は経済成長と社会保障の持続性の両方を見なければなりません。
つまり、今回の議論は残業時間だけの話ではありません。
労働力確保、賃金、健康、制度運用の信頼性が一体で問われています。
今後、骨太の方針に向けて、どこまで「運用」の修正が進むのかが大きな注目点になります。
ソース
- 共同通信配信記事(各社サイト掲載)
- 高知新聞
- 中日新聞/東京新聞
- デイリースポーツ
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