世界には約7,000もの言語が存在します。
その多様性は、無限にも見えます。
しかし、最新の大規模研究によって、その多様性の奥底に共通の文法的パターンがあることが明らかになりました。
つまり、人間の言語は完全にばらばらに発達したのではなく、人間の認知のあり方によって一定の方向へ形作られている可能性が示されたのです。
この発見が重要なのは、言語の進化を偶然の積み重ねとしてだけでは説明しにくくなったからです。
さらに今後は、言語研究が「何が共通で、なぜ共通なのか」を、より精密に追えるようになります。
国際研究チームが検証した研究の全体像
2025年11月、学術誌『Nature Human Behaviour』に、この研究が掲載されました。
研究を主導したのは、ザールラント大学の言語科学ジュニアプロフェッサーAnnemarie Verkerkと、ライプツィヒ・マックスプランク進化人類学研究所・言語文化進化部門長のRussell D. Grayを含む8人の国際研究チームです。
実際に研究チームは、マックスプランク研究所を中心に100人以上の言語学者が共同で構築した、世界最大の文法特徴データベース「Grambank」を活用しました。
このGrambankには2,467言語が収録されており、そのうち約1,700言語のデータを用いて、191の「言語的普遍性」仮説を検証しました。
言語的普遍性とは何を指すのか
ここでいう「言語的普遍性」とは、世界中のすべて、または大多数の言語に共通して見られる文法規則のことです。
専門用語ですが、要するに「多くの言語で繰り返し現れる共通ルール」です。
たとえば、語順のパターンがあります。
これは、動詞が目的語の前に来るのか、後に来るのかといった並び方の規則です。
また、階層的な文法構造も含まれます。
これは、文の中で誰が何をしたのかという関係を、どのように示すかという仕組みです。
さらに、名詞や動詞をどのように修飾するかという点も重要です。
こうした規則は、互いに歴史的なつながりが確認できない言語の間でも、繰り返し見つかってきました。
これまでの研究が抱えていた壁
しかし、これまでの研究には大きな難点がありました。
それが、「言語間の非独立性」です。
たとえば、日本語と琉球語のように系統的に近い言語は、完全に独立した比較対象とは言えません。
一方で、地理的に近い言語同士も、長い接触の中で互いに影響を受けている可能性があります。
そのため、表面的に同じ特徴が見えても、それが本当に普遍的なのか、それとも祖先の共有や地域的接触の結果なのか、判定が難しかったのです。
つまり、従来の統計分析では、見かけ上の共通性に引っ張られるバイアスが生じやすかったのです。
新しい分析手法が何を変えたのか
今回の研究チームは、この問題を克服するために、ベイズ時空間系統解析を採用しました。
これは高度な統計手法で、言語の系統関係と地理的近接性を同時に考慮する分析方法です。
ベイズという言葉は、複数の条件を踏まえて確率的に判断する統計の考え方を指します。
また、時空間系統解析とは、時間的な系譜と空間的な位置関係の両方を見る方法です。
そのため、この手法では次の二つを同時に検討できます。
第一に、言語が同じ祖先から派生したのかどうかです。
第二に、地理的に近いことで影響し合ったのかどうかです。
一方で、この二つを切り分けることで、本当に普遍的な文法パターンだけをより厳密に探れるようになりました。
Verkerkは、「私たちは、2,000以上の記録された普遍性を評価し、Grambankのデータと照合できるものを特定しました」と述べています。
この発言からも、今回の作業が単なる印象論ではなく、膨大な候補を体系的に絞り込む作業だったことが分かります。
191仮説のうち約3分の1に強い裏付け
検証の結果、191の仮説のうち約3分の1が強力な統計的証拠によって裏付けられたことが明らかになりました。
これは、言語の進化が完全にランダムではないことを示す、明確な証拠です。
もちろん、すべての仮説が支持されたわけではありません。
しかし、一方で約3分の1もの仮説が厳密な分析に耐えたことは、言語学にとって非常に重い意味を持ちます。
つまり、言語の多様性を認めながらも、その背後には持続的に働く制約や傾向が存在すると考えられるのです。
こうした中、この研究は「普遍性」という考え方を、より厳密な統計基盤の上に置き直しました。
特に強く支持された文法パターン
今回、特に強い支持を得たのは、動詞と目的語の語順に関する規則です。
語順は言語の骨格に関わる要素であり、文法の全体構造にも大きく影響します。
また、文法関係を示す階層的な構造にも強い支持が集まりました。
これは、文中の役割関係を整理する方法に、一定の共通傾向があることを示しています。
さらに、無関係な言語の間で繰り返し現れる形態統語論的特徴も確認されました。
形態統語論とは、単語の形の変化と文の構造がどう結びつくかを見る分野です。
Verkerkは、「膨大な言語的多様性の中で、言語がランダムに進化しないことは非常に興味深い」と述べています。
そのため、言語変化の研究が、普遍性を解明するうえで中心的な役割を果たすと強調しました。
共通パターンはなぜ生まれるのか
研究チームは、こうした普遍的パターンの背景に、人間の共有認知とコミュニケーション効率への圧力があると主張しています。
認知とは、人間が情報を理解し、整理し、意味づける心の働きのことです。
つまり、世界中で言語が別々に発展したとしても、人間そのものの思考様式が共通しているため、文法の「解き方」もある程度似てくるという見方です。
また、意思疎通をできるだけ効率よく行いたいという圧力も、言語の形を絞り込む要因になると考えられています。
Russell D. Grayは、「人間の言語は、共通の認知的・コミュニケーション的制約に形作られながら、限られた数の文法的解決策へと向かう傾向がある」と述べています。
この指摘は、言語が自由気ままに枝分かれするだけではないことを端的に示しています。
既存の理論との関係
この分野では、UCバークレーのSteven Piantadosiらが、統計的学習と文化的伝達の役割を重視する見解も示しています。
統計的学習とは、人間が繰り返し現れるパターンを無意識に学び取る働きのことです。
また、文化的伝達とは、言語が世代から世代へ受け渡される過程を指します。
そのため、言語の形は生まれつきの制約だけでなく、使われ続ける中でも整えられていくという考え方になります。
今回の研究は、こうした議論のどちらか一方に決着をつけるものではありません。
しかし、言語進化の規則性を大規模データで実証したという点で、議論全体に重要な土台を与えました。
一方で、今後は「認知」と「文化的伝達」のどちらが、どの程度、どの場面で強く働くのかという問題が、さらに精密に問われていくはずです。
実際に、今回の結果は、その次の検証段階へ進むための基盤として位置づけられます。
今後の言語研究に与える影響
この研究の最も大きな貢献の一つは、今後の言語研究の方向性を絞り込んだことです。
どの普遍性が現代の統計手法に耐えうるのかを明確にした点は、研究設計そのものに影響します。
つまり、研究者は今後、裏付けの弱い仮説と強い仮説をよりはっきり区別しながら、認知的基盤やコミュニケーション的基盤を探れるようになります。
そのため、今後の研究課題は、より精度の高い形で設定できるようになります。
Verkerkは、「普遍性の強さが異なることから、今回の結果は普遍性研究における今後の方向性を明確にするものだ」と結んでいます。
さらにこの研究は、言語の多様性という大きな海の中に、人間性という共通の島が存在することを改めて示しました。
言語の多様性と人間の共通性を結ぶ発見
世界の言語は非常に多様です。
しかし、その多様性の中に、共通の文法規則が繰り返し現れるという事実は、人間の認知と言語の関係を考えるうえで極めて重要です。
今回の1,700言語研究は、単に珍しい共通点を探したものではありません。
むしろ、言語の多様性そのものを前提にしたうえで、それでも残る規則性を見つけ出した点に価値があります。
さらに、共通の文法規則が存在するという事実は、言語研究だけでなく、人間の思考や学習の仕組みを理解する手がかりにもなります。
つまり、この研究は「言語とは何か」という問いにとどまらず、人間とは何かという問いにもつながっていくのです。
論文情報
- タイトル:Enduring constraints on grammar revealed by Bayesian spatiophylogenetic analyses
- 著者:Annemarie Verkerk et al.
- 掲載誌:Nature Human Behaviour(2025年11月)
- DOI:10.1038/s41562-025-02325-z
ソース
- Nature Human Behaviour
- Nature
- EurekAlert!
- Phys.org
- The Independent
- Ground News
- National Today
- Innolabs

