失われた1930年代の写真が蘇らせた記憶 ― ヤズィディ教徒がISIS後に文化遺産を取り戻す

失われた歴史を映す300枚の白黒写真

イラク北部を拠点とする少数派宗教コミュニティ、ヤズィディ教徒(Yazidi)。彼らは長い歴史の中で繰り返し迫害を受け、2014年にはISIS(いわゆる「イスラム国」)によって大規模な虐殺や強制追放、女性への性奴隷化といった暴力を受けました。国連はこれを**ジェノサイド(集団虐殺)**として認定しています。

こうした破壊の中で、文化や記録の多くが失われたと考えられていました。しかし、2025年、ペンシルベニア大学考古学・人類学博物館のアーカイブから1930年代に撮影された約300枚の白黒写真が再発見され、ヤズィディの人々に忘れられていた歴史の断片を取り戻す希望を与えています。


博物館の奥深くで眠っていた宝物

これらの写真は、1930年代にイラク北部のテペ・ガウラテル・ビラといった古代メソポタミア遺跡を発掘していた考古学者たちによって撮影されたものです。発掘チームを率いたのは、ペンシルベニア大学の著名な考古学者エフライム・アヴィグドール・スペイザーでした。

当時の考古学者たちは、単に遺跡を調査するだけでなく、現地のヤズィディ・コミュニティと交流し、彼らの結婚式や宗教儀式、日常生活の様子をカメラに収めていました。その結果、写真は「破壊される前の生き生きとした共同体の姿」を記録する貴重な文化遺産となったのです。


研究者の発見とセルサル・プロジェクト

これらの写真が再び注目されたのは、2022年、博士課程の学生マーク・マリン・ウェブ氏がアーカイブの中からヤズィディの霊廟を写した一枚に気付いたことがきっかけでした。その霊廟は2010年代にISISによって破壊されていたため、写真は「失われた遺産の生前の姿」を残す数少ない証拠となったのです。

その後、ウェブ氏とヴィクトリア大学図書館のポスドク研究員ナサニエル・ブラント氏が協力し、膨大な博物館資料からヤズィディ関連の写真を系統的に特定・編纂しました。そして、彼らはヤズィディの新年「セルサル(Sersal)」にちなみ、セルサル・プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは、発見された写真をデジタル化してコミュニティに還元する取り組みであり、非営利で誰でもアクセスできる形で公開されています。


写真がもたらす感情の再結びつき

ヤズィディ教徒のディアスポラ(国外移住者)の間で、この発見は深い感動を呼び起こしました。

現在イギリスで教師をしているアンサム・バシャー氏は、コレクションの中から1930年代初頭に祖父母が結婚した時の写真を見つけました。

「ISISによる攻撃で、私のアルバムも幼少期の写真も、兄弟の結婚式のビデオも、すべて失ってしまいました。そんな中で、祖父や曾祖父の写真が蘇るなんて、本当に信じられません。」(バシャー氏、Arab Newsインタビューより)

このように、写真は単なる学術資料にとどまらず、人々に「失われた家族史」を取り戻すきっかけを与えているのです。


シンジャールでの展示 ― 抵抗の象徴

セルサル・プロジェクトの最初の公開展示は、2025年4月に行われました。会場となったのは、ISISの攻撃で大きな被害を受けたイラク北部シンジャールの地。なんと写真は、約100年前に撮影された同じ場所で屋外展示として飾られました。

研究者ブラント氏はこう語ります:

「ISISは宗教的・文化的遺跡を徹底的に破壊しました。だからこそ、この写真そのものが“破壊に抗う強い証拠”なのです。」

この展示は、単なる回顧ではなく、「文化を奪われても消えない」というヤズィディ・コミュニティの抵抗の象徴となりました。


写真が持つ意義 ― 遺産の保存と未来への継承

ヤズィディ教徒は数世紀にわたり繰り返し迫害されてきました。特に2014年のISISによる虐殺と追放は、その歴史と文化を根こそぎ破壊する試みでした。

しかし、今回の写真の再発見は、彼らの文化遺産を再び「見える形」で取り戻すことを可能にしました。デジタルアーカイブ化によって、世界中に散らばるヤズィディ・コミュニティの人々が、自分たちのルーツにアクセスできるようになったのです。

写真は「過去を記録するもの」であると同時に、「未来を紡ぐための道具」としても機能し始めています。


まとめ ― 破壊の中で蘇る文化の記憶

1930年代の忘れられた写真は、単なる古い記録ではありません。
それはISISによって奪われかけた歴史を取り戻し、未来に継承するための貴重な文化的資産です。

  • 300枚の白黒写真が示した、かつての活気あるヤズィディ・コミュニティ
  • 家族の歴史を取り戻した人々の喜びと涙
  • シンジャールでの展示が象徴する「文化的抵抗」
  • デジタル公開による新しい形での遺産継承

失われたものは完全には戻らないかもしれません。しかし、この写真たちは「消えなかった文化の記憶」として、ヤズィディ教徒の未来に希望を与えています。

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