2026年冬季オリンピックが2026年2月7日、イタリア・ミラノのサン・シーロ・スタジアムで開幕しました。大会は17日間にわたり開催され、世界最高峰のアスリートたちが、わずかな差を競い合います。
今回の大会では、人間の身体能力だけでなく、科学技術の精度や設計思想が、勝敗を左右する重要な要素となっています。
勝敗は1秒の何百分の1という単位で決まり、その背景には、氷の性質、摩擦、空気抵抗、素材工学、さらには化学物質の使用可否といった、目に見えない要因が密接に関わっています。ミラノ・コルティナ大会は、まさに「科学とスポーツが融合したオリンピック」と言える大会です。
氷とスピードを左右する水の化学的調整
ウィンタースポーツでは、競技ごとに求められる氷の性質が大きく異なります。そのため、水の化学組成を精密に管理することが不可欠です。
今大会で氷面製作を担当するカナダ企業Jet Iceの最高執行責任者グレッグ・テイラー氏によると、鍵となるのは全溶解固形物量(TDS)です。TDSとは、水に溶け込んでいるミネラルや不純物の総量を示す指標です。
カーリングでは、石が正確に滑るよう、TDSが0〜10ppmというほぼ純水に近い非常に硬い氷が求められます。一方、フィギュアスケートでは、ジャンプ時の衝撃を吸収しやすくするため、TDS120〜150ppmのやや柔らかい氷が使用されます。この微妙な違いが、ジャンプの安定性や着氷の安全性に直結します。
競技用氷面の製作には、約72時間の連続作業が必要です。幅3メートルのブームに取り付けられた複数のノズルから、霧状の水を薄く噴霧し、層を重ねながら凍結させることで、約3.8センチの均一な氷面が完成します。
フッ素系スキーワックス禁止がもたらす歴史的転換
今大会では、フッ素系スキーワックスの全面禁止という、大きな転換点も迎えました。国際スキー・スノーボード連盟は、環境と健康への影響を理由に、2023-24シーズンからPFASを含むワックスの使用を禁止しています。
PFASは撥水性や滑走性能を高める一方で、分解されにくく環境中に残留する有害物質として問題視されてきました。ユタ大学の材料科学者ジェフリー・ベイツ氏は、スキーワックスの塗布作業により、技術者がフルオロカーボンに曝露され、摩耗した成分が雪や水系に流出すると指摘しています。
この禁止措置により、各国チームは、素材開発や滑走技術そのものの見直しを迫られています。環境配慮と競技性能の両立が、今後のウィンタースポーツの新たな基準となりつつあります。
競技用具に見る最先端の技術革新
競技用具の分野でも、科学技術の進化が顕著です。オランダ、イタリア、カナダのスピードスケートチームは、空気抵抗を約8%削減できる新型ハイブリッド空力スーツを導入しました。
このスーツは、腕や脚に二重層構造を採用し、時速20〜90キロメートルの速度域で、あえて有利な乱流を発生させる設計となっています。自転車競技で用いられてきた理論を、スピードスケートに本格導入するのは初の試みです。
また、コルティナ・ダンペッツォに再建されたエウジェニオ・モンティ・スライディングセンターも、高度な工学技術の結晶です。全長1,730メートルのコースには、16のカーブと83キロメートルに及ぶ冷媒パイプが敷設され、グリコールベースの冷却システムで氷温が厳密に管理されています。選手は時速130キロメートル以上で滑走し、最大5Gの加速度を体に受けることになります。
動きの中に隠された物理法則
ミシガン州立大学の物理学者スチュアート・テッサー氏は、摩擦と反作用がウィンタースポーツ全体の基礎にあると説明しています。
選手が氷を蹴ると、氷が反対方向に力を返し、その反作用で前進します。これは、ニュートンの第三法則をそのまま体現した現象です。
今大会で初採用されたスキー登山競技では、上り坂での速度はストライドを大きくするよりも、動作の回転数を増やす方が効率的であることが研究から示されています。また、選手と装備の重量が増えるほどパフォーマンスは低下し、軽量化が極めて重要であることも明らかになっています。
フィギュアスケートでは、4回転ジャンプが当たり前になりつつあります。これは、毎秒1,000〜1,100度という高速回転を必要とし、着氷時には体重の5〜8倍の力が足にかかります。氷の硬さやブレードの設計は、この極限条件に耐えるため、綿密に調整されています。
科学と人間の限界が交差するオリンピック
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、人間の努力と科学技術が、どこまで融合できるのかを示す舞台となっています。氷の分子構造から競技ウェアの空力設計まで、細部に宿る科学が、メダルの色を決める時代に入ったと言えるでしょう。
選手の才能と鍛錬に加え、環境配慮と持続可能性を意識した技術革新が、今後のオリンピックの在り方を大きく変えていく可能性があります。
ソース
Sporting News
Chemical & Engineering News
International Ski and Snowboard Federation
Michigan State University

