フォン=ド=ゴーム洞窟壁画の年代測定に初成功 バイソン画は約1万3千年前と判明

フランス南西部ドルドーニュ地方にあるフォン=ド=ゴーム洞窟の壁画について、科学者が初めて直接的な年代測定に成功しました。
研究の結果、洞窟に描かれたバイソンの図は約13,461年前から13,162年前の間に制作されたことが明らかになりました。

この成果は2026年3月9日、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)に発表されました。
研究は、ヨーロッパで最も有名な先史時代の芸術遺跡の一つに関する長年の定説を見直す可能性を示しています。

さらに、この研究は旧石器時代の洞窟壁画の年代測定に新たな方法を示したという点でも重要です。
つまり、これまで年代測定が困難だった壁画研究に大きな進展をもたらす可能性があります。

洞窟壁画研究で長年続いた「顔料の謎」

フォン=ド=ゴーム洞窟は1902年に発見されました。
この洞窟にはバイソン、馬、その他の大型動物の壁画が数多く描かれています。

しかし長年、研究者たちはこれらの絵がどの年代のものかを正確に特定できませんでした。

その理由は使用された顔料にあります。
研究者たちは長い間、壁画は

無機鉄酸化物
マンガン酸化物

といった鉱物顔料のみで描かれたと考えていました。

こうした鉱物顔料には炭素が含まれていません。
そのため、考古学研究で一般的に使われる放射性炭素年代測定(炭素14年代測定)を利用できなかったのです。

さらに驚くべきことに、炭素が存在しないこと自体を実験的に確認した研究もこれまで行われていませんでした。

非侵襲分析で見つかった「炭」の痕跡

研究チームはフランス国立科学研究センター(CNRS)の研究化学者
イナ・ライヒェ氏が率いました。

研究者たちは壁画を傷つけない方法で調査を行いました。
具体的には次のような非侵襲的分析技術を使用しました。

・ラマンマイクロ分光法
・ポータブルX線蛍光分析
・ハイパースペクトルイメージング

これらの手法を使い、研究チームは

黒いバイソンの絵
抽象的な仮面の図

の2点を詳しく調査しました。

その結果、研究者たちは黒色顔料の中に炭の痕跡が含まれていることを発見しました。

さらに分析すると、炭は線全体に均一に分布していました。
つまり、後世の汚染や落書きによる混入ではない可能性が高いことが分かりました。

この洞窟は120年以上にわたり観光客に公開されています。
しかし研究者は、観光客による汚染ではないと判断できる証拠を得たとしています。

ライヒェ氏はChemical & Engineering Newsに対し次のように述べています。

「私たちの実験が行われるまで、これらの絵画が本当に旧石器時代のものであることを実験的に証明できた人は誰もいませんでした。」

炭素14年代測定の実施

炭素の存在が確認されたことで、研究者は次の段階に進みました。
つまり放射性炭素年代測定を実際に行うことです。

ただしフォン=ド=ゴーム洞窟はユネスコ世界遺産です。
そのため、研究にはフランス当局の特別許可が必要でした。

許可を得た研究チームは、壁画から極めて微量の顔料サンプルを採取しました。

採取されたサンプルは次の4点です。

・バイソンから1点
・仮面の異なる部分から3点

分析には加速器質量分析法(AMS)が使われました。
これは微量の炭素でも年代測定が可能な高精度の測定方法です。

壁画の年代は従来の推定より新しい

測定結果は研究者にとって意外なものでした。

バイソンの絵は13,461年前~13,162年前と測定されました。

これまで研究者は、壁画の様式比較から

約18,000年前~16,000年前と推定していました。

つまり今回の研究により、従来の推定より数千年新しい可能性が示されたことになります。

また仮面の図は15,981年前~14,246年前という年代を示しました。

しかし仮面の左眼部分のサンプルは8,993年前~8,590年前と著しく新しい年代でした。

研究者はこの結果について

・後世の修復
・汚染
・落書き

などの可能性を指摘しています。

洞窟壁画研究に広がる新しい可能性

今回の研究は洞窟壁画研究にとって大きな意味を持ちます。

この研究に参加していない
カタルーニャ高等研究機関の考古学者

イネス・ドミンゴ・サンス氏はこの研究を高く評価しています。

彼女はChemical & Engineering Newsに対し次のように述べました。

「年代測定のデータが得られる機会は非常に重要です。芸術作品を特定の時代に位置づけることができるからです。」

一方で彼女は、さらに多くのサンプルを調査すれば、研究結果をより強固にできるとも指摘しています。

ラスコー洞窟など他の遺跡にも応用の可能性

今回の方法は、ドルドーニュ地方の他の洞窟にも応用できる可能性があります。

この地域には200以上の旧石器時代の遺跡が存在します。

その中には世界的に有名なラスコー洞窟も含まれています。

しかしこれらの洞窟でも、壁画の直接的な年代測定は長年研究者を悩ませてきました。

今回の研究で開発された方法が広く応用されれば、
先史時代の芸術がいつ、どの文化の中で生まれたのかをより正確に理解できる可能性があります。

つまり今回の研究は、単に一つの洞窟の年代を解明しただけではありません。
旧石器時代の芸術研究そのものを大きく前進させる可能性を持つ成果といえます。

ソース

Chemical & Engineering News
Proceedings of the National Academy of Sciences
CNRS(フランス国立科学研究センター)
PubMed / PMC 論文データベース

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