
固体でも液体でもない、水の第三の相
水は私たちにとって最も身近な物質の一つですが、その性質は依然として謎に包まれています。東京理科大学の研究チームが明らかにした最新の成果は、この普遍的な物質に新たな視点を与えるものです。
研究チームは、ナノスケール(1ナノメートル=10億分の1メートル)という極めて小さな空間に閉じ込められた水が、固体でも液体でもない特殊な「予融解状態(プレメルティング状態)」を示すことを発見しました。これは、これまでの水の理解を大きく揺るがす画期的な成果であり、2025年8月27日付で米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society に発表されました。
🔬 高度なNMR分光法で水の動きを捉える
この研究を主導したのは、田所誠教授、小林文也講師、並木智也博士課程学生らのチームです。彼らは固体状態の重水素核磁気共鳴(NMR)分光法という先進的な技術を用いました。
観察対象は、直径わずか1.6ナノメートルの「ナノポア」と呼ばれる微細な細孔を持つ六角柱状結晶。この結晶内部に**重水(D₂O)**を満たすことで、水分子の挙動を分子レベルで観察することができました。
従来の回折法では捉えられなかったピコ秒単位(1兆分の1秒)の分子回転運動をNMR分光法で測定し、閉じ込められた水がどのように組織化されているかを明確に示すことに成功したのです。
🧩 三層に分かれた水の階層構造
研究チームが観察した結果、ナノポア内の水は自然に「三層構造」を形成していることが判明しました。
- 一次層(外側)
水分子がナノポアの壁と強固な水素結合を作り、しっかりと固定された層。 - 二次層(中間)
一次層の水分子と相互作用する層で、外側と中心をつなぐ役割を果たす。 - 三次層(中心部)
非常に流動的で、氷のように凍結せず、液体的な性質を持つ層。
この構造により、外側から内側に向かって氷結が進むものの、中心部は「凍りきらない状態」となることがわかりました。つまり、水は「固体と液体の中間状態」で存在できるのです。
さらに、研究では液体状態では20個の水分子が規則的に並ぶのに対し、凍結時にはその数が60個に増えることも判明しました。
❄️ 謎の「予融解状態」とは?
最大の発見は、**水が固体と液体の性質を同時に持つ「予融解状態」**が存在することでした。
これは、氷が完全に融ける前に一部の水分子が「半ば融けたような」状態になる現象です。田所教授は次のように説明しています。
「予融解状態とは、凍結した層と液体のように動く層が共存する、これまで知られていなかった水の新しい相です。」
実験では、低温から徐々に加熱してNMRスペクトルを解析しました。その結果、分子の位置は固体のように比較的固定されている一方、回転運動は液体のように速く、バルク水(通常の水)の挙動に近いことが明らかになりました。
まるで氷と水が同じ空間に同居しているかのような状態――これが「予融解状態」です。
🌍 応用可能性と科学的意義
この発見は単なる基礎研究にとどまらず、さまざまな応用の可能性を秘めています。
- エネルギー貯蔵
新しい氷ネットワーク構造を利用し、水素やメタンといったエネルギーガスを効率的に保存できる可能性。 - 新素材開発
人工ガスハイドレートのような、水を基盤とした革新的な材料の開発。 - 生命科学
水やイオンが生体タンパク質や細胞膜を通過するメカニズムの解明に貢献。 - 地球環境・惑星科学
氷や水の極限環境下での挙動を理解することで、極地や他の惑星における水の状態を推測できる。
🔮 水はまだ「謎の物質」
今回の成果は、マックス・プランク研究所などが進めている「閉じ込められた水の研究」ともつながります。水は地球上で最も豊富で身近な物質ですが、その分子レベルでの挙動は今なお完全には理解されていません。
私たちが毎日飲んでいる水の中にさえ、未解明の物理現象が潜んでいる――そのことを今回の研究は改めて示しました。
✨ まとめ
- 東京理科大学の研究チームが**ナノ細孔に閉じ込められた水の「予融解状態」**を世界で初めて発見。
- 水は外側から中心へと異なる三層構造を形成し、固体と液体が同時に存在するような奇妙な性質を示す。
- 発見はエネルギー貯蔵や新素材開発、生命科学など幅広い分野に波及する可能性を持つ。
水という「ありふれた物質」が、実はまだまだ解き明かされていない深い謎を秘めていることを実感させる研究成果です。

