口の中の環境が脳や神経に影響を与えるという新しい視点
歯周病は、多くの人がかかる身近な病気です。一方で、多発性硬化症は脳や脊髄に炎症が起こる、比較的まれで重い神経の病気です。
一見すると、この二つは無関係に思えます。
しかし、日本の 広島大学病院 の研究チームは、「口の中にいる特定の歯周病菌が、多発性硬化症の重症度と関係している可能性がある」という研究結果を発表しました。
この研究は、「歯の健康」が、実は脳や神経の病気にも影響しているかもしれない、という新しい考え方を示しています。
研究はどこで発表されたのか
この研究は、11月3日に国際的な科学誌 Scientific Reports に掲載されました。
医学や生物学の分野で広く読まれている学術誌で、一定の信頼性があるとされています。
研究の中心となったのは、重度の歯周病と関係が深い
フソバクテリウム・ヌクレアタム
という細菌です。
どんな結果が出たのか
数字で見ると分かりやすい差
研究では、多発性硬化症の患者の口の中に、この歯周病菌がどれくらいいるかを調べました。
その結果、
この細菌の量が多い患者では、約62パーセントが中等度から重度の障害を抱えていました。
一方で、
この細菌の量が少ない患者では、重い障害があった人は約19パーセントにとどまりました。
同じ病気でも、口の中の細菌環境によって、症状の重さに大きな差が出ている可能性が示されたのです。
どんな人たちを調べた研究なのか
研究チームは、
多発性硬化症の患者56人
を含む、合計98人の中枢神経に炎症が起こる病気の患者を調査しました。
調査では、舌の表面につく白っぽい汚れ、いわゆる舌苔を採取し、そこに含まれる細菌を分析しています。
病気の重さは「拡張障害度評価尺度」という国際的な指標で評価されました。
これは、
0が障害なし
10が多発性硬化症による死亡
という分かりやすい10段階の尺度です。
他の神経の病気では見られなかった点が重要
研究で特に注目されたのは、この歯周病菌との関係が、多発性硬化症に特有だったことです。
似たような神経の病気である、
視神経脊髄炎スペクトラム障害
ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質抗体関連疾患
では、同じような関連は確認されませんでした。
つまり、
歯周病菌と障害の重さの関係は、多発性硬化症だけに見られた
という点が、この研究の大きな特徴です。
口腔マイクロバイオームとは何か
人の口の中には、数え切れないほど多くの細菌が住んでいます。
この細菌の集まりを「口腔マイクロバイオーム」と呼びます。
腸内細菌が健康に影響することはよく知られていますが、口の中の細菌については、これまであまり注目されてきませんでした。
研究を率いた 中森正博 准教授は、
口の中は慢性的な炎症が起こりやすい場所であり、しかも治療やケアで改善できる可能性がある
と指摘しています。
「橋渡し細菌」という考え方
研究者たちは、フソバクテリウム・ヌクレアタムを「橋渡し細菌」と呼んでいます。
これは、
歯の表面にできる細菌のかたまりをつなぐ役割
口の中の炎症と、体の別の場所で起こる炎症を結び付ける役割
を果たしている可能性がある、という意味です。
たとえるなら、口の中で起きた小さな火種が、見えない道を通って脳の炎症に影響を与えている、というイメージです。
歯周病は、世界の40から60パーセントの人が経験するとされる非常に一般的な病気です。
これまでにも、動脈硬化や糖尿病などとの関連が知られてきましたが、神経の病気との関係が示された点は新しい発見です。
今後は歯の治療が病気に影響するかを検証へ
この研究の共著者である 内藤宏幸 氏は、
歯周病の治療や日常的な口腔ケアが、多発性硬化症の進行に影響を与える可能性がある
と述べています。
研究チームは今後、より多くの患者を対象にした大規模な研究を計画しています。
歯周病の治療や、毎日の歯磨きといった基本的なケアが、病気の進行を抑えられるかどうかを検証する予定です。
歯のケアが持つ新しい意味
多発性硬化症は、世界で約280万人が抱えているとされる病気です。
完治が難しい病気だからこそ、症状を少しでも軽くする手がかりは重要です。
今回の研究は、
歯を磨く
歯周病を放置しない
という日常的な行動が、将来、神経の病気の管理にもつながるかもしれない、という可能性を示しています。
口の健康が、体全体、そして脳にまで影響する。
そのことを改めて考えさせる研究と言えます。
ソース
Medical Xpress
Scientific Reports 掲載論文
Multiple Sclerosis News Today
広島大学病院 研究発表
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