オマー・ヤギ教授とAtocoの大気中水分捕集装置

2025年ノーベル化学賞を受賞したオマー・ヤギ教授が、電力不要で乾燥した空気から飲料水を生成する装置を開発しました。
この技術は、自身が設立した企業Atocoを通じて実用化を進めています。
最大の特徴は、外部電源や既存の淡水資源を使わずに、1日最大1,000リットルの清浄な水を抽出できる点です。
世界的な水不足が深刻化する中、分散型の水供給技術として注目されています。
ノーベル賞研究「金属有機構造体(MOF)」とは何か
ヤギ教授は、金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)の研究で2025年ノーベル化学賞を共同受賞しました。
MOFとは、金属イオンと有機分子を組み合わせた多孔質材料です。
多孔質とは、内部に非常に小さな穴が無数に空いている構造を意味します。
そのため、特定の分子だけを効率的に吸着できます。
Atocoの装置は、このMOFを利用します。
相対湿度20%未満の乾燥環境でも空気中の水分子を捕捉できる点が大きな特徴です。
世界的な水危機と技術の意義
この技術は、国連が「地球規模の水の破綻」時代に入ったと警告する中で登場しました。
年間少なくとも1カ月は約40億人が深刻な水不足を経験しています。
つまり、水は局所的な問題ではありません。
気候変動や人口増加により、慢性的な危機へと移行しています。
こうした中、Atocoの装置は20フィートの輸送用コンテナサイズです。
オフグリッド型は周囲の熱エネルギーのみで動作します。
そのため、送電網が破壊された地域でも運用できます。
災害時の緊急水源としても期待されています。
ヤギ教授の原体験と開発の背景
ヤギ教授はヨルダンのアンマンで育ちました。
パレスチナ難民家庭の10人兄弟の一人です。
幼少期の自宅には水道も電気もありませんでした。
給水は1~2週間に一度しか来ませんでした。
ノーベル賞晩餐会のスピーチで、彼はこう語りました。
「水が来るというささやきと、止まる前に容器を満たした切迫感を覚えている」。
この体験が研究の原動力となりました。
つまり、技術革新の背景には個人的な記憶があります。
カリブ海諸島が注目する理由
英紙ガーディアンによると、ヤギ教授はこの技術がハリケーン被災地の命綱になると述べました。
特にグレナダのカリアク島とプティト・マルティニーク島が挙げられています。
2024年のハリケーン・ベリル直撃後、両島は本土から水を輸入しています。
乾季の悪化も重なっています。
グレナダ政府関係者はこう述べました。
「水輸入の高コスト、炭素集約度、集中型インフラの脆弱性への対応策だ」。
一方で、分散型システムの必要性も指摘しました。
従来の水インフラが機能しない場合でも稼働できる点が評価されています。
海水淡水化との比較
ヤギ教授は、この装置を海水淡水化の代替手段として位置づけています。
海水淡水化とは、海水から塩分を取り除き飲料水にする技術です。
しかし、濃縮塩水の海洋放出が生態系へ影響する可能性があります。
エネルギー消費も大きい課題です。
一方でAtocoの技術は、空気中の水分を直接利用します。
そのため、海洋環境への負荷を回避できる可能性があります。
商業化に向けた拡大戦略
Atocoは2020年に設立されました。
カリフォルニア州デスバレーで実証試験を行っています。
生成される水は蒸留水に近い品質です。
系統連系型モデルは1日2,000〜4,000リットルを生成します。
オフグリッド版は最大1,000リットルです。
また、データセンターも主要ターゲットです。
データセンターは冷却に大量の水を使います。
Atocoは廃熱を水生成の動力源に転換する構想を掲げています。
2026年後半に商業受注を開始する予定です。
ヤギ教授は「世界中どこでも、湿度に関係なく、水を採取できる」と述べています。
技術の持続可能性と今後
この技術は、カーボンフットプリントなしで水を生成する構想を掲げています。
カーボンフットプリントとは、温室効果ガス排出量の指標です。
しかし、量産化やコスト構造は今後の課題です。
さらに、各国の水質基準への適合も必要です。
一方で、分散型水供給の可能性は大きいと言えます。
災害対応、水不足地域、データセンターと用途は多岐にわたります。
世界的な水危機が続く中、このMOF技術は新たな選択肢を示しました。
つまり、水を「探す」時代から「作る」時代へ移行する可能性があります。

