生乳から抗生物質耐性菌を検出──パキスタンで見つかった「静かな脅威」とは

未殺菌乳の安全性に新たな懸念、耐性遺伝子が人間に広がる可能性も

パキスタンで行われた最新の研究により、生乳(未殺菌のまま流通するミルク)に、複数の抗生物質に耐性を示す細菌が広く存在していることが明らかになりました。
この発見は、単に食品衛生の問題にとどまらず、抗生物質が効かない菌が、人間にも感染する病原体へと姿を変える危険性を示しています。

2025年11月12日付で学術誌 PLOS One に掲載されたこの研究は、抗生物質耐性に関する国際的な議論に新たな警鐘を鳴らす内容です。


■ 研究の背景──なぜ生乳が問題視されるのか

世界には、生乳をそのまま飲む文化が根付く地域があり、特にパキスタンでは市販される牛乳の95%以上が未殺菌の状態で消費されています。

今回の研究チーム(パキスタン Abdul Wali Khan University Mardan ほか)は、
・ホルスタイン・フリージアン牛
・チョリスタニ牛
・雌羊
など、複数種の家畜から採取した310件の生乳サンプルを分析しました。

その結果、食品として一般的に流通するレベルの生乳の中に、想像以上に強力な抗生物質耐性菌が潜んでいることが判明したのです。


■ 生乳から検出された「Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)」とは?

生乳で検出された主な細菌は Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌) でした。

この菌は、私たちの皮膚に“ふつうに存在する”常在菌で、通常は害を及ぼしません。しかし、
・抗生物質の効かない株(耐性菌)
・遺伝子を他の菌に渡す能力を持つ株
が生乳に含まれていたことが、今回の問題の核心です。

研究チームの分析によると:

  • 検出された S. epidermidis の95%がペニシリンとエリスロマイシンに耐性
  • 半数が複数の薬に効かない「多剤耐性」

さらに恐るべき点として、
3つの主要な耐性遺伝子が高い割合で見つかったことが挙げられます。

● 生乳から見つかった主な耐性遺伝子

耐性遺伝子機能検出率
ermCマクロライド系抗生物質に耐性87.5%
tetKテトラサイクリン耐性80%
mecAMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を生む危険遺伝子45%

特に mecA が重要です。
これは、世界中の医療現場で問題となっている「MRSA」の耐性メカニズムそのもの。
つまり、家畜の乳に含まれるこの菌が、より危険な病原体に遺伝子を渡す(水平伝播)可能性があります。

研究者たちは、これを

「隠れた抵抗(耐性)の貯蔵庫」
と呼び、深刻なリスクとして警告しています。


■ 不顕性乳房炎が背景に──家畜の体調に現れないため発見が遅れる

分析されたサンプルのうち 約26%で不顕性乳房炎(見た目ではわからない乳腺感染症) が確認されました。

不顕性乳房炎を持つ家畜の乳からは、
S. epidermidis の検出率が 72.5%と極めて高いことも判明。

これは、家畜が健康そうに見えても、乳から耐性菌が排出され得ることを示し、衛生管理の難しさを浮き彫りにしています。


■ 生乳をめぐる国際的な懸念──他国でも感染例が発生

今回の研究はパキスタンに限定されていますが、生乳の安全性は世界的な問題でもあります。

  • 2025年8月:フロリダ州
     生乳が原因の食中毒:21人が発症(7人入院)
  • 2025年11月:イリノイ州
     生乳由来カンピロバクター感染:11件のアウトブレイク

生乳には加熱殺菌(パスチャライゼーション)が行われていないため、
細菌リスクがそのまま口に入るという根本的な危険が存在します。

今回の「耐性菌が含まれる」という発見は、これらのリスクを一層深刻なものにしています。


■ 研究者の警告──「抗生物質使用の見直しが急務」

研究チーム(パキスタン・中国・チュニジア・チリの国際共同)は、以下の点を特に強調しています。

  • 家畜への抗生物質乱用が耐性菌を生む
  • 耐性菌は生乳を介して人間へ“遺伝子レベルで”影響する
  • 酪農の衛生基準、抗生物質の使用ガイドラインを再整備する必要がある

生乳の文化と抗生物質の使い方が、地域の公衆衛生に直結することが、今回の研究で明確になりました。


■ まとめ──「見えないリスク」は私たちの食卓にも直結する

生乳そのものは自然で健康的な飲み物として扱われることもありますが、
今回の研究は、

  • 耐性菌は家畜の体内で静かに増殖
  • 生乳を通じて人間に届く可能性がある
  • その耐性は病院で治りにくい感染症を引き起こす危険性を持つ

という重大な課題を突きつけています。

抗生物質耐性は「現代医学の根幹を揺るがす問題」と言われます。
この研究は、家庭の食卓にまでその影響が及ぶ可能性があることを示す、重要な警告となっています。

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