ルンド大学(Lund University)

スウェーデン南部にあるLund Universityは、1666年創立の伝統ある総合大学です。
自然科学、とくに化学や物理、生物分野で高い研究実績を持っています。
今回の研究は同大学の化学研究チームが主導しました。
成果は米国の権威ある学術誌に掲載され、国際的な注目を集めています。
研究の概要
今回の研究で明らかになったのは、わずかな湿度の変化だけで脂質分子が自発的に分離するという現象です。
研究成果はProceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)に掲載されました。
脂質とは、細胞膜をつくる基本的な分子です。
細胞膜は、体の内側と外側を分ける“境界線”の役割を果たしています。
つまり今回の発見は、体の保護バリアがどのように機能しているかを根本から見直す可能性があるということです。
この研究内容は科学ニュースサイトPhys.orgでも報じられています。
乾燥が脂質を選別する仕組み
研究では、よく似た2種類のリン脂質を使用しました。
飽和リン脂質DPPCと、不飽和リン脂質DOPCです。
「飽和」とは分子構造がまっすぐで硬い性質を持つことです。
「不飽和」とは分子構造に曲がりがあり、柔らかい性質を持つことです。
蒸発が起こると、膜の中に水分の濃い部分と薄い部分が生まれます。
これを水和勾配と呼びます。
すると分子の並び方が大きく変化しました。
DPPCは乾燥した空気側へ移動しました。
DOPCはより水分の多い内部へ移動しました。
その結果、最初は混ざっていた割合が完全に逆転しました。
つまり、湿度が分子を“選別”したのです。
研究チームは高解像度共焦点ラマン顕微鏡を使用しました。
さらにシンクロトロンX線散乱という大型施設の分析技術も用いました。
これにより、分子の移動を直接観測しました。
なぜ自然に分離するのか
DPPCは約30%の水分までしか取り込みません。
そのため、水が少なくなると安定しやすい性質があります。
一方でDOPCは最大43%まで水を含むことができます。
水が多い環境の方が安定します。
水分が減ると、両者の安定条件がはっきり分かれます。
そのため、それぞれが自分に適した場所へ移動します。
重要なのは、分離した状態の方が混ざった状態より約3倍安定するという点です。
これは自由エネルギーという物理量で示されました。
自由エネルギーとは、どれだけ自然にその状態が保たれるかを示す指標です。
値が大きいほど安定します。
つまりこの分離は、外から力を加えなくても自然に進む熱力学的に自発的な現象です。
研究者ニコル・ラベツカ氏は、
「これほど小さな湿度変化で強い分離が起きるとは予想していなかった」と述べています。
生体バリアへの意味
皮膚や涙液膜、肺胞膜は常に蒸発にさらされています。
体の内側は湿っており、外側は乾燥しています。
これまで、湿度変化によって脂質がどのように再配置されるかは十分に理解されていませんでした。
しかし今回の研究で、その物理的仕組みが明確になりました。
エマ・スパー教授は、
「膜の輸送特性に新しい理解が得られた」と述べています。
輸送特性とは、物質が膜をどの程度通過できるかという性質です。
これは薬の吸収や水分保持に関係します。
実用的な応用
本研究はフランスのトゥールーズ大学との共同研究です。
変化する湿度条件のもとで脂質系がどう振る舞うかを予測する枠組みを示しました。
応用が期待される分野は多岐にわたります。
・脂質を使った薬物送達システムの改良
・食品の乾燥過程の理解
・湿度に応じて性質が変わるスマート材料の開発
特に重要なのは、非平衡輸送と熱力学を結びつけた定量的手法を確立したことです。
非平衡輸送とは、水分の移動のように変化し続ける状態を扱う理論です。
この手法は、湿度が変わる環境で働くコーティング材料の設計にも活用できます。
湿度という身近な環境要因が、分子レベルで構造を組み替えます。
その理解は、医療や材料科学の未来を支える基盤になる可能性があります。
ソース
・Proceedings of the National Academy of Sciences
・Phys.org
・PMC(米国国立医学図書館 公開論文データベース)

