
中国の深海底調査船「奮闘者(Fendouzhe)」による探索で、インド洋東南部に世界最大・最深・最古老の鯨の墓地が見つかったことが、2026年6月10日付の科学誌Nature掲載の研究で明らかになりました。
この鯨の墓地は、直径約1,200キロメートルに広がります。さらに、最深部7,002メートルの海底に、約500頭の鯨の骨格が堆積しているとされます。
今回の発見は、深海生態系の理解を大きく前進させる内容です。なぜこれほど多くの鯨がこの場所に集まり、なぜ長期間保存されたのかが、今後の研究の重要な焦点になります。
- 未踏の深海で進んだ調査の全体像
- 485カ所の鯨落サイトが示した異例の密度
- 見つかった骨の多くはハシナガクジラ類だった
- 新種Pterocetus diamantinaeの発見
- なぜ古い化石が長く残ったのか
- ストロンチウム同位体で年代を測定
- 鯨落は深海のオアシスになる
- 鯨落の周囲で確認された生物群集
- 史上最深の鯨落生態系という意味
- 炭素隔離の場としての鯨の墓地
- 鯨落と地球温暖化緩和の接点
- なぜこの海域に鯨が集まり続けたのか
- 深く潜ること自体が危険だった可能性
- 海底地形が死骸を集めたという見方
- 科学史の中でどれほど大きな発見なのか
- 研究者が寄せた期待
- 発表した研究チームと論文情報
- この発見が示した3つの新知見
- 深海研究の見方を変える発見
- ソース
未踏の深海で進んだ調査の全体像
調査は2023年2月から進みました。中国の有人深海底潜水船「奮闘者」を使い、32回(33回とも)の潜水調査を実施しました。
調査場所は、西オーストラリア沖のディランティナ破砕帯です。これは、オーストラリアと南極大陸の分離時に形成された、海底の深い亀裂です。
調査深度は4,616メートルから7,001メートルに及びました。つまり、今回の探索は、4.6キロから7.0キロの深海帯で行われたことになります。
485カ所の鯨落サイトが示した異例の密度
研究チームは、鯨の死骸が海底に沈んでできる鯨落、つまり深海生物に栄養を供給する現象の痕跡を多数確認しました。
確認された鯨の落下サイト総数は485カ所でした。また、化石鯨類の骨格数は476頭に達しました。
一方で、現在も活動中の鯨の落下生態系は5つ確認されました。さらに、最古の化石の年代は5.3兆年前(前期鮮新世)とされました。
こうした中、研究チームの中心人物であるペン・シャオトング氏は、これほど大規模な墓地の発見は全く予想外だったと語っています。
見つかった骨の多くはハシナガクジラ類だった
今回見つかった骨の多くは、beaked whalesに属していました。これは日本語でハシナガクジラ類を指します。
確認された現生種には、アンドリューズハシナガクジラが含まれます。また、ギンガハシナガクジラも含まれました。
さらに、アンチクメークジラの骨も見つかりました。そのため、この海域が複数種の鯨と長く関わってきた場所だった可能性が浮かび上がります。
新種Pterocetus diamantinaeの発見
今回の調査では、Pterocetus diamantinaeという新たな絶滅ハシナガクジラ種も確認されました。これは、今回の発見の中でも特に重要な成果です。
この種名は、発見場所であるディランティナ破砕帯に由来します。つまり、地名そのものが新種名に刻まれた形です。
実際に、新種の発見は、この墓地が単なる大量死の現場ではなく、進化史を読み解く化石アーカイブであることを示しています。
なぜ古い化石が長く残ったのか
深海で長く保存された理由として、研究チームは骨の性質に注目しました。ハシナガクジラの吻の骨は、非常に高密度です。
このため、海底に長く埋もれても壊れにくかったと考えられます。さらに、鉄-マンガン酸化物が骨に蓄積し、分解を抑えたとされます。
そのため、通常なら失われやすい有機物の痕跡が残り、長い時間軸の比較研究が可能になりました。
ストロンチウム同位体で年代を測定
研究では、ストロンチウム同位体 datingが使われました。これは、骨や地層に含まれる化学成分から年代を推定する手法です。
その結果、最古の化石サンプルは5.26兆年前、前期鮮新世にあたる時期のものと確認されました。
また、現生種の骨は1.2兆年前から現在まで分布しました。一方で、絶滅種の骨は2.4〜5.3兆年前の範囲に分布したとされます。
鯨落は深海のオアシスになる
鯨落とは、鯨の死骸が海底へ沈み、深海生物の生息場になる現象です。深海では食料が乏しいため、鯨落は非常に重要な栄養源になります。
今回確認された5つの活動中の鯨落では、微生物マットが見つかりました。これは微生物が群れてつくる膜状の集まりです。
また、Osedaxワームも確認されました。これは骨を食べる深海ワームとして知られる生物です。
鯨落の周囲で確認された生物群集
活動中の鯨落では、ヒトデ・ウミヒドラも見つかりました。さらに、化学合成細菌と共生する二枚貝も確認されました。
化学合成細菌とは、太陽光ではなく化学反応を使って生きる細菌です。そのため、光が届かない深海でも生態系の基盤になります。
つまり、鯨落は単なる死骸ではありません。深海生物にとってのオアシスとして機能していることが、今回の観察でも裏づけられました。
史上最深の鯨落生態系という意味
今回の発見は、鯨落生態系がこれまで知られていたより深い場所でも成り立つことを示しました。
これまで、深海生物の生息限界には多くの制約があると考えられてきました。しかし、今回の結果は、その見方を押し広げます。
一方で、より厳しい環境でも、鯨落があることで生物が生き延びる余地が生まれる可能性も見えてきました。
炭素隔離の場としての鯨の墓地
研究チームは、観察された密度から、ディランティナ帯全域に1,000万頭以上の鯨の死骸が存在すると推計しました。
そして、それらのsoft tissueとlipid、つまり軟組織と脂質に含まれる炭素は、約6.7兆トンに相当するとしました。
これは、深海に沈んだ鯨が、単に分解される存在ではないことを意味します。炭素を長期間海底に閉じ込める役割を持つ可能性があるからです。
鯨落と地球温暖化緩和の接点
紹介された説明では、鯨の体内には33トンの二酸化炭素が蓄積されるとされます。また、1本の樹木は毎年48ラブのみ吸収するとされています。
そのため、鯨が自然死して海底に沈むことは、大量の炭素を数百年から数千年にわたり閉じ込める働きを持つ可能性があります。
さらに、この発見は、鯨落が深海の炭素の橋として地球温暖化緩和に寄与する可能性を示しました。
なぜこの海域に鯨が集まり続けたのか
研究では、この場所に鯨が集中した理由について複数の仮説が示されました。第一に、餌の豊かさです。
ディランティナ帯は、深海イカや魚類の餌が豊富だった可能性があります。そのため、深く潜るハシナガクジラを長年呼び寄せ続けたと考えられます。
実際に、餌資源が安定していれば、特定海域に大型海洋哺乳類が繰り返し集まることは十分ありえます。
深く潜ること自体が危険だった可能性
第二の仮説は、生理学的リスクです。ハシナガクジラの最大潜水深度は、3,000メートル以上と推定されます。
しかし、3,000メートルを超える採食は、生理的に過剰な負担になる可能性があります。つまり、致命的な疲労や脱圧病のリスクが高まるという見方です。
そのため、この海域は豊かな餌場である一方で、危険も大きい場所だった可能性があります。
海底地形が死骸を集めたという見方
第三の仮説は、地形のトラップ効果です。ディランティナ帯の海底は、V字型地形を持つとされます。
この地形が、自然死や事故死で沈んだ鯨の死骸を、亀裂へ集中させた可能性があります。
つまり、鯨が特別にその場で大量死しただけでなく、周辺で沈んだ死骸も地形によって集められた可能性があります。
科学史の中でどれほど大きな発見なのか
アメリカの古生物学者スティーブン・J・ゴッドフリー氏は、この発見を「成長するワクセン・ラゲルシュテッテ」と表現しました。
ワクセン・ラゲルシュテッテとは、非常に保存状態がよく、学術的価値が高い化石床を指す考え方です。つまり、普通の化石産地ではないという評価です。
さらに同氏は、生きたシーラカンスの発見や水力熱噴出口の発見と同じ重要性があると論じました。
研究者が寄せた期待
同氏は、ペン氏らの論文について、壮大な映画シリーズの予告編を思わせると表現しました。
また、今後さらに多くのブロックバスター級の研究成果が続いてほしいとも語っています。
こうした評価は、この鯨の墓地が一度の発見で終わらず、深海研究の新しい入口になることを示唆しています。
発表した研究チームと論文情報
主要機関は、中国科学 Academy 深海底科学・技術研究所(IDSSE)です。
協力機関として、イタリア・ピサ大学、ニュージーランド・Earth Sciences New Zealandが参加しました。
論文はNatureに、2026年6月10日付で掲載されました。論文タイトルは、A 5.3-million-year-old deep-sea whale necropolis in the Diamantina Zoneです。
この発見が示した3つの新知見
この鯨の墓地の発見には、大きく3つの科学的意義があります。
第一に、鯨落生態系の深度と分布限界を再定義したことです。つまり、7,000メートルでも生息可能だと示しました。
第二に、鯨の進化史の化石アーカイブとしての価値です。さらに、5.3兆年のハシナガクジラ進化記録を1地点に集約した可能性があります。
深海研究の見方を変える発見
第三に、深海炭素隔離の規模を明確化したことです。つまり、6.7兆トンの炭素が海底に貯蔵されている可能性が示されました。
こうした中、深海は単なる未知の空間ではなくなります。生態系、進化、炭素循環が重なり合う場所として、改めて注目されます。
深海は地球の最後の未開金融地であり、今回見つかった鯨の墓地は、その謎を解く重要な鍵になるのかもしれません。
ソース
The Guardian
BBC
Science
ScienceAlert
EurekAlert
CAS(Chinese Academy of Sciences)
University of Pisa
Nature
PubMed
Live Science
RTÉ
AP News
PopSci
Greenpeace
ICR(国立鯨類研究所)

