DNAナノテクノロジーの常識を覆す新しい自己組織化の発見
ニューヨーク大学(NYU)の化学者チームが、水素結合を利用せずにDNAの三次元構造を構築する方法を実証しました。
この研究では、DNAタイルが形状のみを手がかりに自己組織化する仕組みを確認しています。
DNAナノテクノロジーとは、DNA分子を材料として利用し、ナノサイズの構造物を設計・構築する技術です。
これまでこの分野では、DNAの相補的塩基対合による水素結合を利用した「粘着末端」が基本原理でした。
しかし今回の研究は、形状と分子間相互作用のみでDNA構造が形成できることを示しました。
つまり、40年以上続いたDNAナノ構造設計の常識を大きく転換する成果といえます。
研究成果は、科学誌Nature Communicationsに掲載されています。
DNA構造設計の基盤だった「粘着末端」
DNAナノテクノロジーの基礎は、1980年代に確立されました。
この分野を開拓したのが、NYUの化学者ネッド・シーマン教授です。
DNAは通常、A・T、G・Cのように相補的な塩基同士が結合します。
この結合は水素結合と呼ばれる弱い引力によって成り立っています。
DNAナノ構造では、この結合を利用します。
DNA鎖の末端に「粘着末端」と呼ばれる短い配列を作り、特定の場所同士を結合させる仕組みです。
つまり従来は、
・DNA配列を設計
・水素結合によって自己組織化
・目的のナノ構造を形成
という方法が一般的でした。
しかし今回の研究では、粘着末端を使わなくてもDNA構造が形成できることが示されました。
形状だけでDNA構造が組み上がる仕組み
今回の研究の中心となるのは、三角形のDNAタイルです。
このタイルは平坦で鈍端のインターフェースを持っています。
研究者は、このタイルを使いジグソーパズルのような自己組織化を実現しました。
ニューヨーク大学化学科の研究員
サイモン・ヴェッキオーニ氏は次のように説明しています。
「ジグソーパズルでは、ピースを接着する必要はありません。形が合うだけでいいのです」
さらに次のようにも述べています。
「三角形の形状は、粘着末端なしでも自己組織化を非常に好むことが分かりました」
つまり、この研究では
・DNAの形状
・分子の平面構造
この2つを利用して構造形成が行われます。
π–πスタッキングという分子相互作用
今回の自己組織化の鍵となるのが
π–πスタッキング相互作用です。
これは、芳香環と呼ばれる平面構造を持つ分子同士が弱く引き合う現象です。
DNAの塩基は芳香環構造を持つため、この相互作用が発生します。
つまり今回の研究では、
水素結合ではなく
末端ヌクレオ塩基のπ–πスタッキングを利用しました。
その結果、DNAタイルは以下のような多様な構造を形成しました。
・ねじれ構造
・反転対称構造
・回転対称構造
このように、複雑な三次元結晶のライブラリーを構築することに成功しています。
X線回折による高精度構造解析
研究チームは生成されたDNA結晶を解析しました。
その際に用いられたのがX線回折解析です。
X線回折とは、結晶にX線を照射し
原子レベルの構造を解析する方法です。
今回のDNA結晶は、
10.0〜1.86オングストローム
という高い分解能のデータを取得しました。
1オングストロームは
1億分の1センチメートルという極めて小さな長さです。
この解析により、設計した構造が正確に組み立てられていることが確認されました。
鏡像DNAの共存という新しい成果
今回の研究で特に注目されるのが、
鏡像DNAの共存です。
DNAには、次の2種類があります。
・天然DNA(D-DNA)
・鏡像DNA(L-DNA)
L-DNAは自然界には存在しません。
しかし合成によって作ることが可能です。
研究チームは、
D-DNAとL-DNAを同じ結晶内で共存させることに成功しました。
さらに平坦な積層界面を調整することで、
・鏡像分子を互いに回避させる
・混合させる
・層状に配置する
といった制御も可能になりました。
ヴェッキオーニ氏は次のように述べています。
「私たちは鏡の世界と私たちの世界の間で情報を交換する方法を見つけました」
さらに次のように説明しています。
「日常的な分子を使って鏡像分子から情報を得ることが可能になります」
これは、将来的に鏡像生命研究にも影響する可能性があります。
シーマンのDNAナノテクノロジー研究の継承
今回の研究は、DNAナノテクノロジーの創始者
ネッド・シーマン教授の研究を発展させたものです。
シーマン教授は、DNAの粘着末端を利用した
プログラム可能なナノ構造設計を確立しました。
しかし今回の研究では、NYUのDNAラボの研究者たちが
「粘着末端が必ずしも必要ではない」
ことを実証しました。
NYU上級研究員
ルオジエ・シャ氏は次のように説明しています。
「私たちは製作している材料の複雑性を大幅に向上させました」
さらに次のように述べています。
「特定の幾何学形状とインターフェースを持つタイルを配置し、自然に最良の結果を見出させています」
つまり、この研究は
自然の分子構造が持つ自己組織化能力を利用した“分子レベルの計算”
ともいえるアプローチです。
DNA結晶の応用可能性
DNA結晶は、主に水で構成された多孔質構造です。
つまり、内部に空間が存在します。
このため、
・生体分子
・タンパク質
・薬物分子
などが結晶内部に拡散して出入りできます。
そのため、この技術には次の応用が期待されています。
バイオセンサー
生体分子を検出する高感度センサーです。
ドラッグデリバリー
薬剤を体内の特定部位に運ぶ医療技術です。
ナノ材料・電子材料
光学デバイスやナノ電子デバイスへの応用も検討されています。
つまり今回の研究は、
DNAを材料とする次世代ナノ材料設計の新しい基盤
になる可能性があります。
ソース
phys.org
Nature Communications
bioengineer.org
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

