見ることと想像することは、同じ脳のコードを使っている。
この重要な発見を、Cedars-Sinai Health Sciences University などの研究チームが示しました。
研究成果は、科学誌 Science に掲載されています。
私たちは目を閉じても、昨日会った人の顔や、旅行先の景色を思い浮かべられます。
しかし、その「頭の中の映像」が、なぜここまでリアルなのかは、長く大きな謎でした。
今回の視覚イメージ研究は、その正体に単一ニューロンのレベルで迫りました。
この研究が重要なのは、知覚と心的イメージが共通のニューロンコードを使うと示した点です。
つまり、脳は想像専用の全く別の仕組みではなく、見るための回路を再利用している可能性があります。
そのため、視覚イメージ研究は脳科学だけでなく、AIや医療にも広がる意味を持ちます。
頭の中の映像はどのように調べられたのか
今回の視覚イメージ研究では、実際に人の脳内活動を直接記録しました。
対象になったのは、てんかんの外科的治療の一環で、脳内に電極が一時的に埋め込まれている成人患者です。
人数は 16人 でした。
電極は、腹側側頭皮質(VTC) に配置されました。
VTCは、物体認識を担う側頭葉の一部です。
また、顔認識で知られる紡錘状回周辺も含まれていました。
この配置によって、研究チームは個々のニューロン活動を直接記録できました。
一方で、通常の脳画像研究よりも細かく見られる点が、この視覚イメージ研究の大きな強みです。
どのニューロンが、どの刺激に反応するか を詳しく追えたからです。
まずは画像を実際に見てもらった
研究の最初の段階では、被験者にさまざまな画像を見せました。
具体的には、顔、動物、植物、テキスト、人工物などです。
これらをモニター上で提示しました。
その結果、視覚に反応する多くのニューロンが記録されました。
さらに、そのうち 約80% が、後に重要になる 軸コード で物体を表現していました。
ここが、この視覚イメージ研究の出発点です。
研究チームは、ただ反応を見るだけでは終えませんでした。
どのニューロンが、どんな特徴に反応するのか を調べ、いわば暗号表のような対応関係を作りました。
つまり、見るときの脳コードの地図を先に描いたわけです。
次に同じ対象を頭の中で思い浮かべてもらった
次の段階では、被験者の一部に画像を見せませんでした。
その代わりに、先ほど見た物体を頭の中で思い浮かべるよう求めました。
ここで視覚イメージ研究の核心が始まります。
同じニューロン群の活動を記録すると、重要な共通性が見えてきました。
画像を見たときに軸コードで反応していたニューロンのうち、約40% が再び活動したのです。
しかも、その活動パターンは、見るときと類似していました。
つまり、脳は想像するときにも、見たときのコードを再利用していました。
完全なコピーではありません。
しかし、視覚イメージ研究は、共通する中核部分があることをはっきり示しました。
想像中の対象を活動から推定できた
今回の視覚イメージ研究では、再活性化を確認しただけではありません。
研究チームは、その活動パターンを使って、被験者が何を想像しているかの復元も試みました。
ここがとても興味深い点です。
その結果、限られた課題条件のもとで、想像している対象をニューロン活動からデコードすることに成功しました。
デコードとは、脳活動のパターンから内容を読み解くことです。
実際に、想像の中身をある程度推定できたわけです。
これは、頭の中の映像が曖昧なものではなく、一定の秩序を持つコードで表されていることを意味します。
また、視覚イメージ研究が、主観的な体験を客観的に扱う一歩になったとも言えます。
脳科学にとって非常に大きな前進です。
分散軸コードとは何か
この視覚イメージ研究で中心になった概念が、分散軸コード です。
これは、人間のVTCニューロンが使っている表現方式を指します。
少し難しい言葉ですが、考え方は整理できます。
分散軸コードでは、1つの物体を抽象的な特徴空間の座標として表します。
そして、各ニューロンがその座標軸の一部を担当します。
つまり、1個のニューロンが1個の物体を丸ごと表すわけではありません。
たとえば、あるニューロンは顔らしさに強く反応するかもしれません。
また、別のニューロンは丸さや縦長さ、質感の違いに敏感かもしれません。
多くのニューロンが別々の軸を分担し、全体で物体を表す。 これが分散軸コードです。
物体は多次元の座標として表される
この仕組みをもう少し丁寧に見ると、物体は多次元空間の中の1点として表されます。
各ニューロンは、その点を自分が得意とする軸に投影した値に応じて発火します。
そのため、反応の組み合わせが大切になります。
1つのニューロンだけでは、物体全体は分かりません。
しかし、多数のニューロンを合わせると、かなり精密な表現ができます。
一方で、こうした分担型の仕組みだからこそ、柔軟で効率的な表現も可能になります。
この研究では、視覚に反応したニューロンの約80%が、この軸コードで物体を表現していた と分かりました。
つまり、人のVTCでは、かなり広くこの方式が使われていることになります。
視覚イメージ研究の土台は、ここにあります。
サルで見つかった仕組みが人でも見えた
分散軸コードそのものは、今回初めて知られたわけではありません。
以前から、マカクザルのVTCで、Tsaoらのグループが類似のコードを報告していました。
しかし、人でどこまで成り立つかは重要な課題でした。
今回の視覚イメージ研究は、非ヒト霊長類で見つかっていた分散軸コードに似た仕組みが、人間のVTCでも観察される と示しました。
さらに重要なのは、そのコードが想像時にも再利用されうると示した点です。
これは、従来の知見を人の脳へ広げた成果です。
つまり、見るためのコードは、ただの受け身の視覚処理だけに使われていません。
一方で、脳は内部からイメージを立ち上げるときにも、そのコードを使う可能性があります。
ここが、今回の視覚イメージ研究の新しさです。
80%と40%は何を意味するのか
結果を整理すると、まず画像を「見る」ときです。
視覚的に反応したニューロンの約80%が、軸コードによって物体を表現していました。
この数字は、見るときの表現方式の広がりを示しています。
次に、同じ物体を「想像」するときです。
そのうち 約40% が、見るときと同じ軸コードで再活性化していました。
この数字は、想像が見ることの完全複製ではない一方、深く重なっていることを示します。
つまり、想像は見ることと全く別物ではありません。
しかし、一対一でそのまま写すわけでもありません。
共通の中核コードを共有しつつ、想像独自の過程も加わる。 そう読むのが自然です。
なぜ頭の中の映像はリアルに感じるのか
この視覚イメージ研究は、私たちがなぜ想像をリアルに感じるのかにも手がかりを与えます。
Cedars-Sinaiの Ueli Rutishauser 氏は、以前に物を見たときと同じ脳細胞を再活性化することで、心の中にイメージを生み出していると述べています。
この説明はとても分かりやすいです。
つまり、脳にとって想像とは、単なる空想ではありません。
過去の知覚エピソードを再生することに近いプロセス と考えられます。
そのため、頭の中の映像に現実味が出るのです。
私たちは、見たものの痕跡を抽象的な言葉だけで思い出しているのではありません。
一方で、視覚系のニューロン自体を再び動かしている可能性があります。
この点が、今回の視覚イメージ研究の説得力を大きくしています。
AIが研究を支えた
この研究では、AIも重要な役割を果たしました。
とくに、生成AI が、ニューロン研究の検証に使われています。
ここは現代的で非常に興味深い部分です。
研究チームは、特定のニューロンやニューロン群が最大限に反応するような合成画像を作りました。
そして、その画像を実際に被験者へ見せました。
その反応を比べることで、軸コードのモデルを確かめたのです。
つまり、AIは単なる補助ツールではありません。
脳がどんな特徴を重視するかを逆算し、刺激を設計する役目まで担いました。
そのため、この視覚イメージ研究では、脳科学とAI研究が強く交差しています。
生成AIで何をしていたのか
流れを整理すると、まず視覚刺激に対するニューロン群の反応を記録します。
その反応から、どの特徴軸に反応しているのか を推定します。
ここで軸コードの輪郭が見えてきます。
次に、深層学習モデルなどを使います。
そして、その軸コードが強く出るような画像を、生成AIで合成します。
さらに、その画像を被験者に提示します。
最後に、想定したニューロンが本当に強く反応するかを確認します。
この往復によって、理論モデルと実際の脳活動の整合性を確かめました。
視覚イメージ研究は、AIを使って脳のコード仮説を検証した と言えます。
脳研究とAI研究はどう結びつくのか
AI技術は、複雑なニューロン活動パターンの解析に役立ちます。
また、コードの推定にも力を発揮します。
一方で、利益はAI側にもあります。
脳が使う 分散軸コード の考え方は、今後のAI設計にヒントを与える可能性があります。
つまり、人間に近い表現を、より効率的に実現する手がかりになるかもしれません。
こうした中、視覚イメージ研究は両分野の橋渡し役になっています。
脳を理解するためにAIを使う。
さらに、脳の仕組みからAIを改善する。
この相互作用こそが、今回の研究のもう1つの大きな意味です。
心的イメージが暴走する病気への手がかり
研究者たちは、この共有コードの理解が医療にもつながる可能性を指摘しています。
とくに注目されるのが、心的イメージが異常に強くなる、あるいは制御しにくくなる病気です。
ここでも視覚イメージ研究の意義が広がります。
たとえば、PTSD は心的外傷後ストレス障害のことです。
強いトラウマ体験が、鮮明なフラッシュバックとしてよみがえることがあります。
一方で、OCD は強迫性障害で、望まない考えやイメージが頭から離れないことがあります。
今回明らかになった再活性化メカニズムを詳しく理解できれば、こうした病気への新しい治療法の道が開く可能性があります。
しかし、現時点ではまだ 基礎研究の段階 です。
具体的な治療法がすでに確立したわけではありません。
記憶障害への応用可能性
Caltechの解説では、アルツハイマー病などへの応用可能性にも触れています。
アルツハイマー病は、記憶障害を引き起こす代表的な疾患です。
この点でも、視覚イメージ研究は注目されています。
記憶は、単に情報を保存するだけでは成り立ちません。
必要なときに、適切なニューロン集合を再活性化できるか も重要です。
そのため、再活性化プロセスの理解は大きな意味を持ちます。
将来的には、記憶喪失の予防や記憶機能の補強を考えるうえで、手がかりになるかもしれません。
しかし、ここでも慎重さは必要です。
実際の治療や予防へ直結する段階では、まだありません。
創造性や夢と現実の境界にも関わる
「想像」と「現実の知覚」が同じコードを部分的に共有する。
この事実は、創造性の問題にもつながります。
また、夢や妄想と現実の境界にも関係してきます。
なぜ人は、現実にないものを鮮やかに思い描けるのか。
なぜときに、夢や想像が妙に現実的に感じられるのか。
視覚イメージ研究は、こうした問いに神経科学の側から迫る入口になります。
研究チームも、人間の創造的思考やイメージ生成の神経メカニズムを探るうえで重要だと述べています。
しかし、創造性の具体的な仕組みが解明されたわけではありません。
さらに多くの研究が必要です。
まだ分かっていない重要な課題
今回の視覚イメージ研究は大きな前進です。
しかし、研究者たち自身が、未解決の問題をはっきり挙げています。
ここを押さえることも大切です。
まず、何がスイッチになってVTCの軸コードを再活性化するのか は、まだ分かっていません。
また、記憶の中からどうやって必要なサブセットのニューロンだけを選び出すのかも未解明です。
この選択機構は非常に重要です。
さらに、なぜ軸コードの一部、おおよそ40% だけが想像時に再活性化するのかも課題です。
それでも十分にイメージを感じられるのはなぜか。
この問いは、意識や現実感の問題に深くつながります。
記憶検索と現実感の謎へ広がる
これらの未解決問題は、単なる技術的な細部ではありません。
記憶をどう検索するのか。
意識と無意識の境界はどこにあるのか。
さらに、現実感はどのように生まれるのか という根本問題にもつながります。
つまり、今回の視覚イメージ研究は答えを出しただけでなく、新しい問いも明確にしました。
科学では、これがとても重要です。
今後の研究が進めば、想像、記憶、知覚がどう結びつくのか、より詳しく見えてくるはずです。
一方で、現時点で断定しすぎない姿勢も欠かせません。
ここは冷静に受け止める必要があります。
脳は見るためのコードで想像している
Cedars-Sinai と Caltech のチームが示したのは、明快な姿です。
脳は、想像専用の全く別の仕組みを持つのではなく、物を見るためのコードを再活性化して心の映像を作っている。
これが今回の核心です。
見ることと想像することは、同じではありません。
しかし、少なくともその中核には共通の脳コードがあります。
この事実は、視覚イメージ研究に大きな転換点をもたらしました。
そのため、この発見は脳科学にとどまりません。
AIの設計、精神疾患の理解、記憶障害の研究、創造的思考の解明へもつながる可能性があります。
視覚イメージ研究は、頭の中の映像の正体に一歩深く踏み込んだ成果です。
ソース
Cedars-Sinai Health Sciences University
Science
Caltech

