厚生労働省が、裁量労働制の運用実態を改めて調査する方針を示しました。
これにより、今後の労働時間規制や裁量労働制の見直しをめぐる議論に向けた現状把握の動きが一段と強まりつつあります。
今回の動きが重要なのは、制度の是非を論じる前に、まず現場で何が起きているのかを確認する段階に入ったためです。
そのため、今後の制度見直しは、理念や主張だけではなく、実際の運用データを軸に進む可能性が高まっています。
一方で、裁量労働制をめぐっては、柔軟な働き方を後押しする制度だという見方もあります。
しかし、長時間労働や健康リスクを温存しかねないという懸念も根強く、今回の調査は今後の議論の土台になる位置づけです。
4月17日に示された新たな方針
厚生労働省は4月17日、労使代表が参加する労働政策審議会労働条件分科会で、企業における裁量労働制の運用状況について、新たな実態調査に乗り出す方針を示しました。
背景には、高市早苗首相が、労働時間規制の見直しや裁量労働制の在り方について検討を進める方針に言及していることがあります。
そのため、議論を進める前提として、まず現状をデータで把握する必要があると判断したとみられます。
実際に、この分科会ではこれまでも、裁量労働制や時間外労働の上限規制の見直しなど、労働時間法制全般について継続的に議論してきました。
こうした中、公益委員からも、制度の是非を論じる前提として運用実態の把握が不可欠だという問題提起があり、今回の方針につながったと位置づけられます。
実態調査が重視される背景
今回の論点は、制度の建前ではなく、制度が職場でどう使われているかです。
つまり、裁量労働制が本来の趣旨どおりに機能しているのか、それとも別の問題を生んでいるのかを確認する局面に入ったということです。
一方で、裁量労働制は、働く人が自分で進め方を決めやすい制度として評価されることがあります。
しかし、その自由度が名目にとどまり、実際には長時間労働につながっていないかという点が、以前から大きな争点でした。
そのため、今回の調査は単なる統計作業ではありません。
今後の制度見直しの出発点をどこに置くのかを左右する調査という意味合いを持っています。
調査の詳細はまだ固まっていない
現時点で、厚労省は調査の開始時期、対象規模、設問内容などの詳細を未定としています。
今後、専門家や労使の意見を踏まえながら、具体的な内容を詰めていく考えです。
つまり、調査を実施する方針は示したものの、設計の段階はこれからです。
また、調査票の設計次第で得られるデータの意味合いも変わるため、今後の詰め方そのものが注目点になります。
さらに、労使の見解が対立している制度である以上、どの項目を重視するかでも議論の方向が変わります。
そのため、調査内容の具体化は、制度論議の前哨戦としての意味も持ちます。
想定される調査項目
報道や過去の調査枠組みを踏まえると、今回の調査では、おおむね次のような方向性が念頭に置かれているとみられます。
裁量労働制が適用されている労働者について、業務の進め方や時間配分にどの程度の裁量が認められているか。
制度に対する評価や満足度、健康状態、ワークライフバランスへの影響。
ワークライフバランスとは、仕事と生活の両立のしやすさを指す言葉です。
みなし労働時間と実際の労働時間の関係。
つまり、制度上あらかじめ決めた労働時間と、現実の働いた時間にどの程度の差があるのかという点です。
導入企業と非導入企業における働き方や労務管理の違い。
さらに、制度の有無が職場運営や労働時間管理にどう影響しているかも焦点になるとみられます。
過去の調査で見えていたこと
厚労省は過去にも、裁量労働制の実態調査を実施しています。
その結果では、適用労働者の多くが一定のメリットや満足を感じる一方で、非適用の労働者より労働時間が長くなる傾向が指摘されてきました。
ここが裁量労働制をめぐる最大の難しさです。
一方で、制度を使う当事者の中には、柔軟さや自律性にメリットを感じる人がいます。
しかし、実際の労働時間が長いなら、健康や過重労働の問題を無視できません。
そのため、今回の新たな調査では、単に満足度だけを見るのでは足りません。
裁量の有無、実労働時間、健康確保、働き方の自由度がどのように結び付いているかを、より立体的に確認する必要があります。
働き方改革後の変化も検証対象に
今回の調査では、働き方改革関連法の施行やテレワークの普及といった、ここ数年の環境変化も踏まえながら、制度がどう機能しているかを改めて検証することが想定されています。
働き方改革関連法とは、長時間労働の是正や多様な働き方の実現を目指して整備された法制度の総称です。
また、テレワークの普及により、従来の出社前提の時間管理とは異なる働き方も広がりました。
こうした中、裁量労働制が以前と同じ形で評価できるとは限りません。
つまり、制度そのものだけでなく、制度を取り巻く職場環境も大きく変わっているため、再点検が必要になっています。
裁量労働制の基本
裁量労働制は、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ労使で合意した「みなし労働時間」に基づいて労働したものとみなす制度です。
対象となる業務や導入手続きは、法律で定められています。
この制度の核心は、働く時間の長さよりも、一定の裁量を前提に仕事を進める点にあります。
しかし、名前に「裁量」と入っていても、実際にどこまで本人の自由が確保されているかは、職場ごとに差が出やすい部分です。
そのため、制度の評価では、法文上の仕組みだけではなく、現場で本当に裁量が機能しているかが重要になります。
実際に、今回の調査もそこを確かめる流れの中にあります。
2つの類型
裁量労働制には、大きく分けて2つの類型があります。
専門業務型裁量労働制は、高度な専門知識や技能を必要とする業務に適用します。
たとえば、システムコンサルタント、証券アナリスト、コピーライターなどが政令で対象業務として列挙されています。
企画業務型裁量労働制は、企業の本社などで行う企画、立案、調査、分析といった業務が対象です。
こちらは、労使委員会の設置や決議、健康確保措置の決定など、専門業務型より厳格な要件が求められます。
つまり、同じ裁量労働制でも、対象業務や導入手続きの重さには違いがあります。
そのため、実態調査でも両者を分けて見る必要が出てきます。
導入企業は全体では限定的
各種調査によれば、裁量労働制を導入している企業の割合は、全体から見ると数%程度にとどまります。
多くの企業では、今もなお時間管理を基本とする働き方が中心です。
この点は見落とされがちです。
裁量労働制は議論が大きくなりやすい制度ですが、実際には日本の企業全体に広く浸透しているわけではありません。
一方で、導入企業の内部では、仕事の進め方や勤務時間帯を自分で調整しやすいと感じる労働者が一定数いることも示されています。
つまり、適用されている人にはメリットもあるが、制度全体としてはまだ限定的にしか使われていないという状況です。
使用者側の主張
裁量労働制をめぐっては、以前から使用者側と労働者側の立場の違いが大きな論点でした。
まず、使用者側、つまり経済団体などは、概ね次のような主張をしています。
グローバル競争の中では、時間ではなく成果に基づく柔軟な働き方を広げることが重要だ。
また、現行制度では対象業務の範囲が狭く、企業が活用しづらい面があるとも主張しています。
さらに、裁量労働制の適用者からは、働き方の自由度を肯定する声もあると指摘しています。
そのため、実態を踏まえながら対象拡大や運用改善の余地を検討すべきだという考えを示しています。
労働側の懸念
これに対し、労働組合などの労働側は、明確な懸念を表明しています。
最大の論点は、裁量労働制のもとで長時間労働やサービス残業が温存されるおそれです。
また、過去の調査でも、裁量労働制の適用者が非適用者より長く働く傾向が指摘されてきました。
そのため、健康リスクや過労死の問題につながるのではないかという懸念があります。
さらに、働き方改革の目的である長時間労働の是正に逆行しないよう、適用範囲の安易な拡大には慎重であるべきだという立場を取っています。
一方で、制度そのものの縮小や廃止を求める声もあり、労使の溝は簡単には埋まりそうにありません。
なぜ労使の溝が深いのか
この対立は、制度の見方そのものが異なるためです。
使用者側は、裁量労働制を成果重視の柔軟な働き方として見ています。
しかし、労働側は、裁量の名の下で時間管理が緩み、長時間労働が見えにくくなる危険を重視しています。
つまり、同じ制度を見ても、自由度の拡大と健康リスクの増大という、異なる側面が強く意識されています。
そのため、議論は理念だけではまとまりにくく、共通の事実認識が欠かせません。
今回の実態調査方針は、まさにこの点に対応するものです。
対立する主張を整理し、今後の議論の共通土台になるデータを整える狙いがあると考えられます。
高市首相の発言が持つ意味
高市首相は、これまでの施政方針演説などで、労働時間規制の在り方や裁量労働制の見直しに言及してきました。
政府内でも、人材活用の柔軟化と健康確保の両立をどう図るかがテーマになっています。
このため、今回の調査は単独の行政作業ではありません。
今後の政策判断につながる準備作業としての意味を持っています。
しかし、過労死防止やメンタルヘルスへの関心が高まるなかで、裁量労働制の拡大には世論も含め慎重な見方が根強いです。
そのため、政策判断は容易ではなく、調査結果の受け止め方も重要になります。
今後の見直しで問われる論点
民間の研究機関や専門家は、今後の見直しに向けて、いくつかの論点を指摘しています。
まず、現場レベルで本当に労働者側に業務量や進め方の裁量が確保されているかという点です。
制度名だけが裁量であっても、実際の指揮命令が細かければ、制度趣旨と現場実態がずれていることになります。
次に、健康確保措置が形式だけでなく実際に機能しているかが問われます。
健康確保措置とは、勤務間インターバル、医師による面接指導、面談など、働く人の健康を守るための仕組みです。
さらに、評価や賃金制度が、長時間労働ではなく成果に適切に結び付いているかも重要です。
一方で、成果主義を掲げながら、実際には長く働く人が有利になるなら、制度の目的と運用が食い違うことになります。
調査結果が制度論議を左右する
今回予定されている実態調査の結果は、こうした論点を議論する際の基礎データとして活用される見通しです。
そのため、対象業務の在り方や健康確保措置の設計など、今後の制度論議に一定の影響を与えると考えられます。
とくに重要なのは、すでに制度を導入している企業で、どの程度の裁量が本当に存在するのかという点です。
さらに、長時間労働の状況がどう示されるかも、今後の議論の方向性を占う材料になります。
つまり、今回の調査は、裁量労働制を広げる議論にも、逆に慎重論を強める議論にも使われ得るデータの入口です。
だからこそ、調査の設計と結果の解釈の両方が、今後の焦点になります。
裁量労働制見直し議論のこれから
今後は、調査項目の具体化、調査の実施、結果の分析という順で議論が進むとみられます。
また、その結果を受けて、対象業務の範囲、健康確保措置、運用ルールの見直しが検討される可能性があります。
一方で、労使の立場の隔たりは大きく、単純な拡大論や縮小論だけでは整理できません。
そのため、現場の実態をどこまで丁寧に拾えるかが、今後の制度論議の質を左右します。
実際に、裁量労働制は、柔軟な働き方の推進と長時間労働の抑制という、両立が難しい課題を抱えています。
今回の実態調査は、その難題に対して、まず事実から向き合うための一歩といえます。
ソース
東京新聞デジタル
中日新聞Web
沖縄タイムス
神戸新聞NEXT(共同配信記事)
デイリースポーツオンライン
日本経済新聞(電子版)
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厚生労働省「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」資料
厚生労働省 労働政策審議会労働条件分科会 議事録等
第一ライフ資産運用経済研究所レポート
労働関連専門媒体・解説記事(PMP株式会社など)
労働新聞社や労働団体関連の解説・資料

