膵臓がんは、最も致死率が高いがんの一つです。
しかし、発症前の段階で病変を消失させる可能性が示されました。
ペンシルベニア大学の研究チームは、KRAS阻害薬が膵臓の前がん病変を消失させることをマウス実験で確認しました。
この研究は2026年3月12日、科学誌 Science に掲載されました。
つまり、がんが形成されてから治療するのではなく、最初期段階で迎撃する「がんインターセプション」戦略の実証例となります。
膵臓がんの特徴と課題
膵管腺がん(PDAC)は、膵臓がんの大部分を占めます。
このがんの5年生存率は約12%と非常に低い水準です。
また、現時点では確立されたスクリーニングや予防法はありません。
そのため多くの患者は進行した状態で発見されます。
実際に、膵臓がん症例の90%以上はKRAS遺伝子変異が原因です。
KRASは細胞増殖を制御する遺伝子で、変異すると細胞が異常増殖します。
さらに、多くの腫瘍は PanIN(膵上皮内腫瘍性病変) と呼ばれる前がん病変から発生します。
しかしPanINは極めて小さく、通常の画像診断では検出できません。
研究で使用されたKRAS阻害薬
研究チームは2つの化合物を使用しました。
1つ目は RMC-9945 です。
これは膵臓がんで最も一般的な KRAS G12D変異 を選択的に標的とします。
2つ目は RMC-7977 です。
こちらは複数の活性型RAS変異体を阻害します。
両薬剤は経口薬クラスに属します。
また、既存の膵臓がん治療薬として臨床開発が進んでいる化合物群の前臨床ツールです。
前がん段階で治療すると生存期間が倍増
研究では、ペンシルベニア大学が開発した 免疫正常マウスモデル が使用されました。
このモデルは膵臓がん研究の「ゴールドスタンダード」とされています。
研究者は、PanINが形成された後、腫瘍が出現する前の段階で薬剤を投与しました。
その結果、28日後には前がん性病変が著しく減少しました。
さらに RMC-7977を長期投与した場合、
- 無治療群:中央値生存期間 5か月未満
- 治療群:中央値生存期間 1年以上
という結果が得られました。
つまり、生存期間がほぼ2倍に延長しました。
また膵臓組織の3次元マッピング解析により、治療後も膵臓の正常構造に大きな歪みがないことが確認されました。
がんインターセプションという新しい概念
筆頭著者である ミン・タン氏(ペンシルベニア大学 血液腫瘍内科フェロー)は次のように述べています。
「この研究は、診断後の治療よりも医学的ながん阻止の方が効果的であるという前臨床的概念実証を提供しています」
ここで重要なのが 「がんインターセプション」 です。
これは
- がんになる前段階の異常細胞を
- 分子標的薬などで
- 早期に無力化する
という新しい医療戦略です。
つまり、予防と治療の中間に位置する新しい医学アプローチです。
高リスク患者を対象に臨床試験へ
研究チームは、この成果を人間の臨床試験に展開する計画を立てています。
対象となるのは、膵臓がんリスクが高い患者です。
特に以下のような人が候補になります。
- BRCA1遺伝子変異
- BRCA2遺伝子変異
- PALB2遺伝子変異
- 遺伝性膵炎
- 前がん性膵嚢胞
共同責任著者で ペン膵臓がん研究センター長のベン・スタンガー氏 は次のように指摘しました。
PanINは画像では確認できないため、慎重な患者選択が不可欠です。
膵臓がん研究の世界的な流れ
この研究は、KRAS標的治療の急速な進展の中で発表されました。
Science誌に掲載された関連論評では、
膵管腺がんは今後10年以内に「がん死亡原因の第2位」になる可能性が指摘されています。
そのため、
- 早期発見
- 分子標的治療
- がんインターセプション
といった新戦略の重要性が強調されています。
今後の医療への影響
今回の研究はまだ 前臨床研究(動物実験段階) です。
しかし、膵臓がんの研究に大きな転換点を示しました。
もし臨床試験でも同様の結果が得られれば、
- がん発症前に治療する医学
- 高リスク患者への予防的薬物治療
- KRAS標的療法の拡大
といった新しい医療モデルが実現する可能性があります。
つまり、膵臓がんのような致死率の高いがんでも、
「発症前に迎撃する医療」が現実になるかもしれません。
ソース
Penn Medicine
Science(2026年3月12日掲載研究)
Science誌関連論評

